『虚ろな十字架』第2話では、小夜子が離婚後の11年間、被害者遺族を支援しながら死刑制度について取材を続けていたことが明らかになります。
愛美を殺した蛭川は死刑になったものの、最後まで自らの罪と向き合うことはありませんでした。それでも小夜子は、「最初の事件で死刑になっていれば、愛美は殺されなかった」と考え、死刑を求め続けます。
さらに、小夜子が残した原稿には「虚ろな十字架」というタイトルにつながる考えも記されていました。
この記事では、小夜子が11年間何を考え、なぜ死刑を求め続けたのかを整理しながら、「虚ろな十字架」というタイトルの意味や、町村の不自然な供述、森の写真に残された謎についても考えていきます。
第2話3行まとめ
- 小夜子は離婚後、被害者遺族を支援しながら死刑制度について取材を続けていた
- 平井との対話から、「虚ろな十字架」というタイトルにつながる考えが語られる
- 小夜子が残した森の写真や慶明大学病院の資料が、新たな謎として浮上する
前回の第1話では、中原と小夜子が娘・愛美を殺され、犯人・蛭川に死刑判決が下るまでが描かれました。
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第2話あらすじ
町村が小夜子を殺害したと自首するものの、その供述には不自然な点が多く、佐山は行きずりの強盗殺人という説明に疑問を抱いていた。
一方、中原は小夜子の葬儀をきっかけに、彼女が離婚後、被害者遺族を支援しながらフリーライターとして活動していたことを知る。小夜子は死刑制度について取材を続け、「死刑廃止論という名の暴力」という原稿まで書き残していた。
中原は、かつて愛美を殺した蛭川の弁護人だった平井を訪ね、小夜子がどのような思いで死刑を求め続けていたのかを知ることになる。
さらに小夜子の遺品から、山中を撮影した写真や慶明大学病院のパンフレットが見つかり、新たな謎も浮上。小夜子の11年間をたどった中原は、やがて町村の裁判への参加を決意する。
小夜子は離婚後の11年間、何をしていたのか
被害者遺族を支援し、死刑判決を求める活動を続けていた
愛美を失ったあと、中原と小夜子は同じ家にいながら、互いの顔を見ることさえつらくなっていきました。
やがて2人は離婚し、それぞれ別の人生を歩むことになります。
中原は事件から距離を置くように生きていましたが、小夜子は違いました。
被害者遺族の会に参加し、自分たちと同じように大切な人を奪われながら、納得できる判決を得られず苦しんでいる人たちの支援を続けていたのです。
いい笑顔で写る小夜子の遺影を見た中原は、仕事時の写真だと思っていました。
しかし、小夜子の父・宗一によると、サポートしていた裁判で死刑判決が出たときの一枚だっと言います。
それは死刑判決そのものを喜んでいたというより、「ようやく遺族の思いが届いた」という区切りだったのでしょう。
フリーライターとして「死刑廃止論という名の暴力」を執筆
小夜子は遺族会の活動だけでなく、フリーライターとしても死刑制度や被害者遺族について取材を続けていました。
中原が遺品の中から見つけた原稿のタイトルは、「死刑廃止論という名の暴力」。
そこには、死刑判決が出たからといって遺族の悲しみが消えるわけではなく、愛する人を奪われた事実も変わらないと書かれていました。
それでも小夜子にとって死刑判決は、深い悲しみを抱えたまま生きていくための「通過点」だったのでしょう。
その通過点すら奪われたら、遺族はどうやって生きていけばいいのか。
小夜子は自らの経験をもとに、その問いをずっと考え続けていました。
中原とは離れても、愛美の事件から逃げなかった
離婚後、中原と小夜子はほとんど会うことがありませんでした。
しかし、小夜子の手帳には中原の言葉が何度も残されていました。
かつて中原が遺族会への参加を拒み、「そんなことしたって愛美が返ってくるわけじゃない」と声を荒らげたこと。
小夜子はその言葉を長い間忘れられず、自分が愛美を奪ったという罪悪感まで抱え続けていました。
一方で、「死刑廃止論という名の暴力」については、中原への挑戦状でもあると記しています。
中原が愛美の事件から距離を置こうとしたのに対し、小夜子は遺族支援や取材を続けながら、自分なりの方法で事件と向き合い続けていました。
2人は同じ娘を失いながら、まったく違う11年間を生きていたのです。
「虚ろな十字架」とはどういう意味なのか
蛭川は死刑になっても罪と向き合わなかった
平井によると、蛭川は裁判が長引くにつれて、生きることへの執着を失っていきました。
当初は死刑を避けるために謝罪の言葉を並べたり、供述を変えたりしていましたが、やがて死刑そのものを「運命」のように受け入れるようになります。
死刑判決が出たあとも、平井が上告を勧める中で、蛭川はもう死刑で構わないという態度を見せました。
さらに刑が執行される直前になっても、被害者のことを考えている様子はなく、最後まで自分が奪った命と正面から向き合うことはありませんでした。
平井が語る「死刑は無力」という考え
そんな蛭川を見続けてきた平井は、死刑によって何かが変わったわけではないと考えていました。
死刑になったからといって、蛭川が罪の重さを理解したわけでも、深く反省したわけでもありません。
平井にとって死刑は、罪を犯した人間に本当の意味で償わせる刑罰にはなっていなかったのでしょう。
事件ごとに被害者も加害者も事情は異なるのに、最後はすべて「死刑」という一つの結末で終わらせてしまう。
平井が死刑制度に反対する背景には、そんな疑問がありました。
小夜子がいう「虚ろな十字架」とは
一方、小夜子は平井の話を聞いたうえで、別の疑問を突きつけます。
殺人犯を刑務所に入れたとしても、何年経てば本当に更生するのかは誰にも分からない。
それなのに、刑罰を与えただけで「罪を償わせた」と考えることに、どれほどの意味があるのか。
小夜子が語った「虚ろな十字架」とは、罪を犯した人に刑罰という十字架を背負わせても、本人が罪と向き合わなければ、その十字架は形だけのものになってしまう、という意味だと考えられます。
十字架は本来、処刑や苦しみ、罪や責任を背負うことを連想させる言葉です。
しかし蛭川は、その十字架を背負わされても最後まで愛美の死と向き合わなかった。
だからこそ、その十字架は「虚ろ」だったのではないでしょうか。
第2話では、作品タイトルそのものにつながる問いが、ようやくはっきりと姿を現したように感じます。
コラム|死刑は償いになるのか
平井と小夜子は同じものを見ながら違う結論にたどり着いた
平井と小夜子は、どちらも蛭川が最後まで愛美の死と向き合わなかった事実を知っています。
しかし、そこから導き出した結論は正反対でした。
平井は、死刑にしても本人が罪と向き合わないのであれば、死刑には人を償わせる力がないと考えます。
一方の小夜子は、蛭川が最初の殺人で死刑になっていれば、愛美が殺されることはなかったと考えました。
つまり平井が「死刑によって罪と向き合わせることができるのか」を問題にしているのに対し、小夜子は「再び誰かの命を奪う可能性を残していいのか」を問題にしています。
同じ蛭川を見ていても、死刑に何を求めるのかによって答えは大きく変わってくるのです。
「人を殺したら死刑」はどこまで当てはまるのか
小夜子は、人を殺した人間は死刑にすべきだと強く主張しています。
ただ、この考えをそのまま広げていくと、どこまでを同じように扱うのかという疑問も出てきます。
金銭目的で計画的に人を殺した場合と、長年の介護で追い詰められた末に家族を殺してしまった場合は、本当に同じなのか。
さらに、故意ではなく事故によって人を死なせてしまった場合まで含めれば、「人が亡くなった」という結果だけで判断することはできません。
もちろん小夜子の言葉は、法律上の細かな区分を説明するためのものではなく、娘を殺された遺族としてたどり着いた考えです。
だからこそ、その言葉を聞いた側には「では、どこに線を引くのか」という新たな問いが残ります。
簡単に賛成・反対では割り切れない問題
第2話では、死刑に賛成する側と反対する側のどちらか一方を正しいものとして描いているようには見えません。
死刑になっても最後まで罪と向き合わなかった蛭川。
その姿を見て「死刑は無力だ」と考える平井。
一方で、蛭川が一度社会に戻された結果、愛美が殺されたという事実を抱え、「最初に死刑になっていれば」と考える小夜子。
どちらにも、それぞれの立場から見た理由があります。
死刑は罪を償わせるためのものなのか。再犯を防ぐためのものなのか。それとも遺族にとって一つの区切りとなるものなのか。
簡単に賛成か反対かだけでは割り切れない問題だからこそ、本作もひとつの答えを示すのではなく、視聴者が考えたり議論したりするためのきっかけを提示しているようにも感じました。
今後の物語で、この問題がどのように描かれていくのか注目したいところです。
中原はなぜ裁判への参加を決めたのか
「僕は逃げ続けてきた」と認めた中原
中原は、小夜子の死後もすぐに町村の裁判へ関わろうとはしませんでした。
小夜子の両親から被害者参加制度を利用して裁判に参加してほしいと頼まれても、「自分にはできない」と断っています。
そんな中原が伯父の竹井に語ったのが、「僕は逃げ続けてきた」という言葉でした。
愛美を失ったあと、中原は事件から距離を置くように生きてきました。ペット葬儀の仕事を続けていたのも、いつか自分も変われるかもしれないと思ったからでしたが、本人には変われたという実感がありませんでした。
一方、小夜子は離婚後も遺族会に参加し、取材を続け、死刑制度について考え続けていました。
中原は、小夜子がずっと事件と向き合っていたことを知り、自分との違いを強く意識するようになります。
小夜子の手帳に残っていた中原への思い
さらに中原は、小夜子の遺品の中から手帳を見つけます。
そこには、中原がかつて遺族会への参加を拒んだときの言葉が、今でも忘れられないと書かれていました。
中原にとっては過去の一場面だったかもしれませんが、小夜子はその言葉を長い間抱え続けていたのです。
さらに小夜子は、自分が愛美を奪ってしまったという罪悪感も消えないままだったことを記していました。
その手帳を読んだ中原は、これまで知らなかった小夜子の苦しみと、離婚後も愛美の事件から離れられずにいた彼女の思いを初めて知ることになります。
小夜子の思いを知り、裁判への参加を決める
小夜子の原稿や手帳を読み、その11年間をたどった中原は、最後に町村の裁判へ参加することを決めます。
これは単に、小夜子が死刑を求めていたからその意思を引き継いだ、というだけではないように見えます。
中原自身がこれまで事件から距離を置いてきたことを認め、小夜子が何を考え、何と向き合っていたのかを知ったうえで、自分ももう一度事件に向き合おうとしたのではないでしょうか。
第2話の最後に中原が口にした「私も……裁判に参加します」という言葉は、小夜子の死をきっかけに、中原自身が止まっていた時間を動かし始めた瞬間だったように感じます。
町村の供述には不自然な点が多い
凶器を捨てずに持ったまま出頭
町村は、小夜子を殺したと自ら警察へ出頭しました。
しかも、そのとき持っていた包丁からは小夜子の血痕が見つかり、柄の部分からは町村の指紋も検出されています。
一見すると決定的な証拠ですが、佐山はむしろそこに違和感を覚えていました。
町村は小夜子から奪った持ち物については、現金を抜いたあと川へ捨てたと供述しています。
それなら、犯行に使った包丁も同じように処分していてもおかしくありません。
にもかかわらず、町村は凶器だけを手元に残したまま出頭しています。
自分から犯行を認めに来たとはいえ、あまりにも証拠がそろいすぎている点は気になります。
金目当てにしては小夜子を狙った理由が弱い
町村は、金を奪う目的でたまたま小夜子を狙ったと話しています。
しかし、町村が住んでいたのは足立区北千住で、小夜子が襲われたのは江東区木場でした。
町村によれば、自宅の近くでは危険だと考え、地下鉄で移動して適当な駅で降り、そこで獲物を探したということです。
しかし、30分以上かかるだけでなく、地下鉄で北千住から木場へ来るには、日比谷線に乗って茅場町で東西線に乗り換えるか、千代田線で大手町に出てから、東西線に乗り換えるかしなければなりません。
さすがに“適当”な駅の範疇を超えています。
しかも小夜子は特に高価な服を着ていたわけでもなく、金を持っていそうに見えた明確な理由もありません。
なぜ数ある中から小夜子を選んだのか。
「たまたま目についたから」という説明だけでは、まだ腑に落ちない部分が残ります。
経済的に困窮していたとも言い切れない
さらに、町村が本当に金に困っていたのかという点にも疑問が残ります。
町村には一人娘の花恵がおり、その夫である史也は大学病院に勤める小児科医です。
花恵は母親の死後に家を出て働き、史也と結婚後、町村を東京へ呼び寄せ、アパートまで借りて生活を支えていました。
もちろん、それだけで町村が経済的に余裕のある生活をしていたとは言い切れません。
ただ、少なくとも完全に行き詰まり、強盗に及ぶしかないほど追い詰められていたのかは疑問です。
凶器を残したまま出頭したこと、小夜子を狙った理由が曖昧なこと、そして金銭面でも切迫していたとは言い切れないこと。
現時点では町村の動機はまだ分かりませんが、佐山が疑っているように、単なる行きずりの強盗殺人として片づけるには不自然な点が多すぎる事件です。
“森の写真”は何を意味しているのか
小夜子のカメラには森を撮影した写真が残っていた
小夜子の遺品を整理していた中原は、仕事関係の箱からカメラを見つけます。
中に残されていたのは、森の中を撮影したような写真ばかりでした。
何を目的に撮ったのか、どこで撮影したのかは第2話の時点では明らかになっていません。
ただ、小夜子は亡くなる直前まで取材を続けていたため、この写真も何らかの取材に関係している可能性が高そうです。
沙織の部屋にも同じような森の写真
一方、小夜子が取材していた井口沙織の部屋にも、森の中を写した写真が飾られていました。
さらに第2話では、森の中で泣き崩れる沙織と、その周りで小夜子が撮影していた場面も描かれます。
小夜子が残した写真と、沙織の部屋にある写真。
どちらも「森」が共通している以上、この場所が小夜子の最後の取材と深く関係しているのは間違いなさそうです。
現時点では、この森で何があったのかまでは分かりません。
それだけに、今後の真相を解くうえで重要な場所になりそうです。
慶明大学病院のパンフレットも残されていた
さらに小夜子の遺品からは、「子ども医療相談室」と書かれた慶明大学病院のパンフレットも見つかりました。
中原が病院について調べると、小児科医として仁科史也の名前を発見します。
そして史也は、小夜子殺害を自供した町村の義理の息子だとネットで検索して知ります。
森の写真、沙織、小夜子の取材、そして慶明大学病院。
第2話ではまだ、それぞれがどのようにつながっているのかは分かりません。
しかし、小夜子が亡くなる前に追っていたものの先に、史也や町村の事件へつながる何かがある可能性は高そうです。
第2話で残された中でも、“森の写真”は特に気になる手がかりのひとつです。
第2話で残された謎
町村が小夜子を殺した本当の理由
町村は、小夜子を殺したのは金目当てだったと供述しています。
しかし、凶器を持ったまま出頭したことや、小夜子を狙った理由がはっきりしないことなど、不自然な点は少なくありません。
佐山も、単なる行きずりの強盗殺人としては腑に落ちない部分があると感じています。
町村は本当に偶然、小夜子を狙ったのでしょうか。
それとも、小夜子でなければならない理由があったのか。
第2話の時点では、町村が小夜子を殺した本当の動機はまだ明らかになっていません。
森の写真と慶明大学病院はどうつながるのか
小夜子のカメラには、山中を撮影した写真がいくつも残されていました。
さらに、取材相手だった井口沙織の部屋にも森の写真があり、小夜子が森の中で沙織を撮影していた場面も描かれています。
一方、小夜子の遺品からは慶明大学病院の「子ども医療相談室」のパンフレットも見つかりました。
森と病院。
一見すると関係のない2つですが、どちらも小夜子が亡くなる前に追っていた取材につながっている可能性があります。
この2つがどこで結びつくのかは、今後の大きな手がかりになりそうです。
史也が隠している過去とは何か
第2話では、史也にも何か隠している過去があることが示されています。
妹の由美からは、子どものころから何かを隠していたように見えたと言われ、母・妙子からは、翔が史也の実子ではないという調査結果まで突きつけられました。
しかし史也は、その事実をすでに知っていたような態度を見せています。
さらに、中原が小夜子の遺品にあった慶明大学病院を調べたことで、町村の義理の息子である史也へとたどり着きました。
小夜子はなぜ史也が勤務する病院について調べていたのか。
そして史也が長年抱えている秘密とは何なのか。
町村の動機や森の写真とあわせて、今後の物語を大きく動かす謎になりそうです。
まとめ|「虚ろな十字架」という問いが見えてきた第2話
第2話では、小夜子が離婚後の11年間、被害者遺族を支援しながら死刑制度について考え続けていたことが明らかになりました。
そして、蛭川が死刑になっても最後まで愛美の死と向き合わなかったことから、「刑罰を与えること」と「罪を償うこと」は同じなのかという問いも浮かび上がります。
平井は、死刑になっても本人が罪と向き合わなければ意味がないと考えました。
一方の小夜子は、最初の殺人で蛭川が死刑になっていれば、愛美は殺されなかったと考えます。
どちらか一方が正しいと簡単に決められる問題ではありません。
だからこそ本作は、死刑に賛成か反対かという結論を急ぐのではなく、「人を罰するとはどういうことなのか」「本当の償いとは何なのか」を視聴者に考えさせようとしているのかもしれません。
さらに、町村の不自然な供述、小夜子が残した森の写真、慶明大学病院のパンフレット、そして史也が抱える過去など、物語の謎も大きく動き始めました。
「虚ろな十字架」というタイトルが、この先どの人物に、どのような意味で重なっていくのか。
社会派ドラマとしての問いと、ミステリーとしての謎。その両方がはっきり見えてきた第2話でした。
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