WOWOW「連続ドラマW 東野圭吾『虚ろな十字架』」最終回では、小夜子が殺害された本当の理由と、史也と沙織が21年間隠し続けてきた罪の全貌が明らかになりました。
小夜子を殺した町村は、なぜ凶器を持ったまま警察へ出頭したのか。これまで残されていた謎がつながり、裁判の判決が出ます。
この記事では、最終回で明らかになった事件の真相・登場人物たちの結末を整理しながら、本作が描いた「償い」について考えていきます。
前回の第3話では、中原が史也と沙織の過去を調べ、2人が中学生のころに交際していたこと、そして沙織が妊娠・出産していたことが明らかになりました。
最終回3行まとめ
- 小夜子は史也と沙織が21年前に赤ん坊を殺した事実を知り、史也に自首を求めていた
- 町村は花恵たちを守るため小夜子を殺害し、裁判で懲役15年の判決を受ける
- 赤ん坊の遺体は見つからず史也と沙織は起訴されないまま、史也は家族と富山へ移住することに
前回の第3話では、中原が史也と沙織の過去を調べ、2人が中学生のころに交際していたこと、そして沙織が妊娠・出産していたことが明らかになりました。
▶ 【虚ろな十字架】第3話ネタバレ解説|史也と沙織が隠していた21年前の秘密
最終回あらすじ
中原道正は仁科史也のもとを訪れ、小夜子が殺害される前に史也と会っていたことを問いただす。
史也は井口沙織と生まれたばかりの赤ん坊を殺害し、樹海に埋めたことを告白。小夜子は沙織からその事実を聞き、史也にも自首を求めていた。
しかし、小夜子から夫の過去を知らされた花恵は、史也が自分と息子を救ってくれたことを訴え、見逃してほしいと懇願。そのやり取りを聞いていた町村作造は、娘たちの生活を守るために小夜子を殺害した。
町村の裁判では史也が過去を告白し、中原も意見陳述に立つ。町村には懲役15年の判決が下った。
その後、赤ん坊を埋めた場所が捜索されるが、遺体や遺留品は見つからず、史也と沙織は起訴されなかった。
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小夜子はなぜ殺されたのか?事件の真相
小夜子は史也に自首を求めていた
沙織への取材を通じて、21年前に起きた赤ん坊殺害の事実を知った小夜子は、慶明大学病院の子ども医療相談室を訪ね、史也と直接会います。
小夜子が史也に求めたのは自首でした。沙織も警察へ行ってすべてを話すつもりであり、そうなれば史也の罪も明らかになります。その前に自ら警察へ行ってほしいと伝えます。
後日、改めて史也の自宅で話し合う予定でしたが、史也が担当する患者の容体が急変。帰宅が遅れることになり、小夜子は先に仁科家で待つことになりました。
そして、この予定の狂いが小夜子殺害へとつながっていきます。
史也と沙織は中学生のとき、生まれた赤ん坊を殺していた
21年前、中学3年生だった沙織は、交際していた史也との子どもを妊娠します。
誰にも相談できないまま出産時期を迎え、沙織は自宅の浴室で赤ん坊を出産。2人は生まれたばかりの赤ん坊を前に、どうすればいいのか分からなくなります。
沙織が赤ん坊に手をかけようとしたところ、史也が「俺が」と代わります。史也は赤ん坊の顔にタオルをかぶせ、そこへ沙織も手を重ねました。
2人は一緒に赤ん坊を窒息死させ、その遺体を樹海へ運んで埋めたのです。
そして、遺体を埋めるために使ったのが、現在も史也が持っていた赤いスコップでした。第3話で翔が庭いじりに使っていたスコップが、ここで21年前の事件につながります。
花恵は小夜子から夫の過去を知らされる
史也を待っていた小夜子のもとへ、偶然、金を借りるために町村がやってきます。
その後、小夜子が帰ろうとすると、何も知らない花恵は「主人が何かしたのか」と不安になり、事情を教えてほしいと頼みました。
小夜子は辛い話になると前置きしたうえで、史也が21年前に赤ん坊を殺していたことを花恵に明かします。
すべてを知った花恵は、それでも史也を見逃してほしいと小夜子に土下座しました。
史也と出会っていなければ自分は死んでいた。史也は1つの命を奪った一方で、自分と翔を救い、今も小児科医として子どもたちの命を救っていると訴えたのです。
しかし、娘を殺された小夜子にとって、それだけで殺人という罪をなかったことにはできませんでした。
町村は花恵たちを守るため小夜子を殺害した
その時、花恵と小夜子の会話を、町村はキッチンで盗み聞きしていました。
小夜子が帰ったあと、町村の姿はなくなっており、台所から包丁が1本なくなっていました。
町村はその包丁を持って小夜子を追い、殺害します。
翌日の夜、町村は仁科家を訪れ、史也に自分が小夜子を殺したことを告白。自分が刑務所へ行くから、史也はこのまま花恵と翔を幸せにしてほしいと頼みました。
史也は自分も警察へ行き、21年前の事件について自首すると言います。しかし町村は、それでは小夜子を殺した意味がないと止めました。
つまり町村が小夜子を殺した目的は、自分の娘である花恵とその家族の生活を守るためだったのです。
町村が沙織を殺さなかった理由
しかし町村の行動には、もう1つ疑問が残ります。
史也の罪を隠すことが目的なら、事件についてすべてを知っている沙織が生きている限り、再び真相が明らかになる可能性があります。
実際、町村は小夜子の持ち物から沙織の住所を知り、包丁を持って彼女のもとを訪ねていました。
ところが沙織は抵抗するどころか、自分がすべて悪いのだから殺してほしいと町村に告げます。
その言葉を聞いた町村は、亡くなった妻が生前「殺してくれ」と口にしていたことを思い出し、沙織を殺すことができませんでした。
しかし、どのタイミングでどういう理由で、妻が「殺して」と言っていたのかは分かりません。ただ、町村は明らかに動揺し、沙織に赤ん坊の事件について何も知らないと押し通すよう約束させ、その場を去ります。
町村の犯行は単純な金目当てでも無差別殺人でもなく、花恵を守ろうとしたことから始まったものでした。しかしそのために小夜子という別の命を奪い、さらに新たな被害者遺族を生み出す結果となったのです。
小夜子が沙織に「生きて」と言った理由
「人を殺した者は死刑」と考えていた小夜子
娘の愛美を殺した蛭川が、過去にも強盗殺人を犯しながら仮出所していたことから、小夜子は「人を殺した者は死刑にすべき」という考えを強く持ちます。
蛭川が最初の事件で死刑になっていれば、愛美が殺されることはなかった。その思いから、離婚後も被害者遺族を支援し、死刑制度について考え続けていました。
史也の過去を知ったときも、その考えは変わっていません。花恵から、史也は自分と翔を救い、現在も医師として多くの子どもを助けていると訴えられても、小夜子は自首を求めたのです。
どれだけ反省し、その後どのような人生を送っていたとしても、人の命を奪った事実そのものは消えないと考えていたからでしょう。
沙織はすでに生きながら自分を罰し続けていた
ところが小夜子は、沙織に対しては違う言葉をかけています。
小夜子は亡くなる少し前、沙織を連れて赤ん坊を埋めた樹海を訪れていました。
そこで沙織は、赤ん坊を埋めた場所にひざまずいて謝り、自分には生きる資格がないと涙を流します。
もともと小夜子が沙織の過去に気づいたきっかけも、万引き依存症について取材していたときでした。他の人とは違い、沙織の万引きが快楽や逃避ではなく、まるで自分自身を罰しているように見えたのです。
21年前の事件から逃げていた一方で、沙織は罪を忘れて普通に生きていたわけではありませんでした。
小夜子はそんな沙織に、奪った命を忘れず、罪と向き合いながら、それでも生きてほしいと伝えます。
小夜子自身の考えも変わっていたのではないか
「人を殺した者は死刑にすべき」と考えていた小夜子が、赤ん坊を殺した沙織には「生きて」と願う。一見すると矛盾しているようにも見えます。
しかし、これは沙織と接する中で、小夜子自身の考えにも変化が生まれたとも考えられます。
蛭川は死刑になっても最後まで自分の罪と向き合いませんでした。一方の沙織は、法律による罰を受けてはいないものの、21年間罪に苦しみ、生きながら自分を罰し続けていました。
だからこそ小夜子は、沙織に必要なのは「死ぬこと」ではなく、奪った命を忘れずに生き続けることだと考えたのかもしれません。
ただし、小夜子は史也には最後まで自首を求めています。誰なら許され、何をすれば償ったことになるのか。その線引きを明確に示さないところにも、本作が描こうとした「償い」の難しさが表れていました。
赤ん坊の遺体はなぜ見つからなかった?
警察が捜索しても遺体や遺留品は発見されず
警察が史也と沙織立ち会いのもと周辺を掘り返しますが、赤ん坊の遺体はもちろん、遺留品らしきものも発見されませんでした。
史也と沙織は21年前に赤ん坊を殺したことを認めています。しかし、それを裏付ける証拠が何も見つからなかったため、警察からは起訴できないと告げられます。
結局、史也と沙織は自ら罪を告白しながらも、法律によって裁かれることはありませんでした。
21年の間に土に還った?動物に荒らされた?
では、埋めたはずの赤ん坊の遺体はどこへ消えたのか。
史也は、21年という長い年月が経過しているため土に還ったのか、あるいは野生動物に掘り返されたのかもしれないと考えます。
しかし、ドラマでは遺体が見つからなかった本当の理由までは明らかにされません。
重要なのは遺体が見つからなかったことで、史也と沙織の罪を証明するものがなくなってしまったことです。
史也は法律による罰を受けることなく、これからも自分が赤ん坊を殺したという記憶を背負って生きていくことになります。
これは「刑罰を受けること」と「罪を背負って生きること」のどちらが償いなのか、という本作の問いにもつながっているように思えます。
『虚ろな十字架』登場人物は最後どうなった?
最終回ですべての真相が明らかになったあと、登場人物たちが最後どうなったのかをまとめます。
| 登場人物 | 最後どうなった? |
|---|---|
| 中原道正 | 愛美と小夜子への思いを抱えながら、エンジェルボートで仕事を続ける |
| 仁科史也 | 赤ん坊殺害を告白するも証拠がなく起訴されず。花恵、翔と富山へ移住し、無医村で医師として働くことに |
| 仁科花恵 | 史也と離婚せず、翔とともに富山へ移住する |
| 仁科翔 | 史也、花恵とともに富山へ移住する |
| 井口沙織 | 21年前の赤ん坊殺害を告白するも、証拠が見つからず起訴されない |
| 町村作造 | 小夜子殺害の罪で懲役15年の判決を受ける |
| 浜岡小夜子 | 町村に殺害された。生前、史也と沙織の罪を知り、2人に自首を求めていたことが判明 |
| 浜岡愛美 | 11年前に蛭川に殺害された。中原のもとには愛美が描いた家族の絵が残されていた |
| 蛭川和男 | 愛美殺害事件で死刑判決を受け、すでに刑が執行されている |
町村には懲役15年の判決が下りました。遺族側は判決を聞いても晴れない表情を見せており、裁判が終わったからといって、小夜子を失った悲しみに決着がついたわけではありません。
一方、史也と沙織は赤ん坊を殺したことを認めましたが、遺体や遺留品が見つからなかったため起訴されませんでした。史也は家族と富山へ移り、花恵の故郷にある無医村で医師として働くことを決めます。
そして中原はこれまでと変わらずエンジェルボートで働き続けます。最後に愛美が残した絵を見つけ、「愛美、ごめんね。小夜子……ごめん」と泣き崩れますが、呼吸を整えると再び仕事へ向かいました。
誰も過去を清算して新しい人生を始めたわけではなく、それぞれが失ったものや犯した罪を抱えたまま、これからも生きていくという結末でした。
コラム|人を殺した人間にとって「償い」とは何なのか
『虚ろな十字架』が最後まで問い続けたのは、人を殺した人間はどうすれば罪を償えるのか、ということだったように思います。
死刑になった蛭川、21年間罪を隠して生きてきた史也と沙織、そして小夜子を殺して懲役15年となった町村。それぞれがまったく違う形で罪と向き合うことになりました。
では、刑罰を受けることが償いなのか。それとも罪を忘れず、苦しみながら生き続けることが償いなのでしょうか。改めてそれぞれの罪の向き合い方から、償いの形を見ていきます。
死刑になっても罪と向き合わなかった蛭川
愛美を殺害した蛭川には、控訴審で死刑判決が下され、その後刑が執行されました。
しかし蛭川は、死刑が確定するころには自らの死を「運命」のように受け入れ、最後まで愛美を殺した罪と向き合ったとは言い難い状態でした。
小夜子と中原が望んだ死刑という刑罰は執行されました。しかし、愛美は当然戻らず、2人の苦しみが消えることもなく、蛭川自身が反省することもありませんでした。
死刑という最も重い刑罰を受けたからといって、それだけで「罪を償った」と言えるのか。蛭川はその疑問を象徴する人物だったように思います。
罪を忘れずに生きてきた史也
一方の史也は、法律による罰を受けることなく21年間生きてきました。
しかし赤ん坊を殺したことを忘れていたわけではありません。赤ん坊を埋めるために使った赤いスコップを持ち続け、医師となって子どもの命を救い、花恵と翔を支えて生きてきました。
花恵は中原に、ただ刑務所で過ごすことと、罪を忘れず人を救いながら生きてきた史也の人生では、どちらが本当の償いなのかと問いかけます。
確かに史也は、自分なりの「十字架」を背負って生きてきたのでしょう。
ただ、それをそのまま「償い」と呼んでいいのかという疑問も残ります。
それでも史也は「自首」という最初の責任を果たしていない
史也について最も引っかかったのは、やはり順番です。
本来なら、まず自分が犯したことを明らかにして自首し、法律による裁きを受ける。そのうえで刑を終えたあと、医師として人を救ったり、家族を幸せにしたりする道もあったはずです。
ところが史也は、最初の「罪を明らかにして責任を取る」という部分を飛ばしたまま、その後の人生を生きています。
中学生のときに起こした事件であり、恐怖や混乱から誰にも言えなかったことは理解できます。しかし成人して医師となり、家庭を持つまでの21年間、本当に罪の意識があるなら、自ら警察へ行くこともできたはずです。
罪を忘れず苦しんできたことと、罪に対する責任を果たしたことが同じとは思えません。
史也が本当に償おうと思うのであれば、まず自首する。そのうえで花恵や翔を幸せにするという順番だったのではないかと思いました。
沙織に「罪と向き合いながら生きて」と告げた小夜子
そんな中で興味深いのが、小夜子が沙織にかけた言葉です。
小夜子は「人を殺した者は死刑にすべき」という考えを持っていました。それでも、赤ん坊を殺した沙織には死を求めず、奪った命を忘れず、罪と向き合いながら生きてほしいと伝えています。
沙織は事件後、何事もなかったように人生を楽しんでいたわけではありません。万引きを繰り返し、自分には母親になる資格も生きる資格もないと考え、まるで自分自身を罰するように生きていました。
そんな沙織を実際に見たことで、小夜子にも変化があったのでしょう。
死刑だけが償いではなく、罪を忘れずに生き続けることも1つの償いになる。小夜子自身も、そう考えるようになったのかもしれません。
刑罰を受けることと罪を背負って生きること
では、法律による刑罰と、罪を背負って生きることのどちらが本当の償いなのでしょうか。
蛭川は死刑になっても罪と向き合わず、史也は罪を背負いながらも刑罰を受けていません。沙織は自分を罰するように生き、小夜子はそんな彼女に生き続けることを望みました。
『虚ろな十字架』は、この中のどれか1つが正解とは示しません。
ただ、罪を背負って生きることが償いになり得るとしても、それが法律による責任を果たさなくてもいい理由になるのかという疑問は残ります。
刑罰を受ければ罪が消えるわけでもなく、苦しみながら生きれば罪が許されるわけでもない。その両方を背負っていくことこそが、本来の「償い」に近いのではないかと感じました。
まとめ|結局「虚ろな十字架」とは何だったのか
最終回では、小夜子が殺された理由から、史也と沙織が21年前に犯した罪、町村が事件を起こした動機まで、これまで残されていた謎がほぼ明らかになりました。
ただ、すべてを見終えても、結局このドラマは何を伝えたかったのだろう?という思いは残りました。
誰の生き方が正しいのか、何をもって償いとするのかについて、作品は明確な答えを出しません。見る側に考えてほしいということなのでしょうが、個人的には少し投げっぱなしにも感じました。
また、赤ん坊の遺体が見つからなかった理由についても、もう1つ仕掛けがあってもよかったように思います。
たとえば、史也の人生に過干渉だった母・妙子が21年前に事件を知り、息子を守るために遺体を掘り起こして処分していた、という展開です。息子を守ったつもりの行動によって、結果的に史也は法によって裁かれ、罪を償う機会さえ失ってしまう。そしてこれからも、誰にも裁かれないまま自分の罪を背負い続けなければならない。そんな皮肉があれば、妙子という人物もさらに生きたように思います。
そして最後、中原は愛美が残した絵を見つけ、愛美と小夜子に謝りながら泣き崩れます。しかし呼吸を整えると、そのまま再びペットの葬儀へ向かいました。
あまりにも唐突な変化に少し驚きますが、ある意味、中原は“壊れてしまった”という描写にも見えます。それはそれで切ない終わり方だなと思いました。
「虚ろな十字架」とは、刑罰そのものだけを指すのではなく、罪を犯した者や残された者が背負い続けるものまで含めた言葉だったようにも思いました。
しかし、その十字架をどう背負えば償いになるのか。最後まで明確な答えは示されないまま物語は終わりました。
