【法廷のドラゴン】2話のネタバレと感想をまとめています。
清掃員が大学の研究室で誤って抜いてしまったプラグは、18年間もの間培養してきた粘菌が入った保温室のものだった。教授は損害賠償として1億円を請求してきた。しかし、なぜか清掃会社にでなく、清掃員個人を訴えてきて……。
【法廷のドラゴン】2話のあらすじ
清掃会社勤務の瀬山玲子(山口紗弥加)は、大学の研究室の清掃業務を行っていた際、誤って粘菌を培養する保温装置のプラグを抜いてしまう。
その粘菌は18年間かけて培養し続けていたもので、未知の抗生物質を生む可能性があり、難病の治療薬として転用されるかもしれなかった。そのため、1億円もの損害賠償請求を研究室の教授・倉敷隆文(加藤雅也[)はしてきた。
だが不思議なことに、瀬山の勤める清掃会社ではなく、瀬山個人を訴えていた。しかも、請求されている1億円は、将来的な利益ではなく、研究に投じられた総額だった。
歩田虎太郎(高杉真宙)や乾利江(小林聡美)が勝つのは難しいと断ろうとしていた案件を、天童竜美(上白石萌音)は迷わず引き受けた。そして今回の戦法はゴキゲン中飛車で戦うというが……。
【法廷のドラゴン】2話のネタバレ要約
清掃会社が今回のような事案に対応する保険に入っていなかったため、瀬山は自分で何とかすると言って竜美のところへやってきた。
実は瀬山は倉敷教授と18年間、不倫関係にあった。竜美は瀬山の受けた損害と、教授の受けた損害を比べて勝利をもぎとる、持将棋に戦法を変更する。
倉敷の研究よりも先んじて、海外の研究施設が同じ研究で成果を出してしまう。それを知った瀬山が教授を説得して、新たな研究に切り替えるよう勧めるが、教授は保身に走って拒んだ。
研究費や教授の地位のためだけに、ただそこにあるのが許せなかった瀬山は、保温装置のプラグを抜いた。
【法廷のドラゴン】2話の詳細なネタバレ
1億円の損害賠償請求
静かな事務所の扉が開き、緊張した面持ちの女性が姿を現した。彼女は深く頭を下げると、席に着いた。緊張した様子でカバンを握りしめ、その視線はどこか落ち着かない。
「実は、大学の教授から訴えられてしまったんです……」
依頼人の瀬山玲子(山口紗弥加)が語り出したのは、英央大学の倉敷隆文(加藤雅也)教授から訴訟を起こされたという話だった。彼女の勤務する「井口清掃」は、倉敷研究室の清掃を請け負っていた。
「先月20日、いつも通り研究室を清掃していたんです。ところが、その日はいつも使っているコンセントがふさがっていて……」
瀬山は唇を噛みしめ、悔しそうに続けた。
「他の研究員の方に『忙しいからさっさと終わらせてよ!』って急かされて、それで……適当に抜いてしまったんです。でも、それが保温装置の電源だったなんて……」
彼女が抜いたプラグは、実験中の保温装置のものだった。それにより培養していた粘菌が死滅し、長年積み重ねてきた研究が台無しになってしまったのだという。
「それで、研究室側から訴えられてしまったんです……。損害賠償の請求額は、1億円……」
瀬山の声が震えた。あまりにも大きな額に、彼女の肩は小刻みに震えている。
乾利江(小林聡美)はあまりの賠償金の大きさに、天童竜美(上白石萌音)と歩田虎太郎(高杉真宙)に声をかける。
「ちょっと奥で話しましょう」
彼女の表情は険しい。二人は頷き、奥の部屋へと移動した。
「どう思う?」
利江が真剣な表情で尋ねると、虎太郎は腕を組んで考え込んだ。
「厳しい戦いになるだろうな……」
すると、竜美がふっと微笑んだ。
「わかりました。この依頼、お受け致します」
「……は?」
突然の宣言に、虎太郎と利江は目を見開いた。
「仮に厳しい戦いになるとしても、指す前から勝敗の決まっている対局なんて、一局もありません」
彼女の目はまっすぐ瀬山を見つめていた。
「引き受ける以上、勝ちを目指して精一杯指させていただきます」
その言葉はまるで、将棋の一手を指すような鋭さと覚悟に満ちていた――。
対戦相手の情報
竜美たちは、倉敷教授の研究についてのPR動画を視聴していた。画面に映し出されるのは、顕微鏡の下でゆっくりと成長する粘菌の映像。そこに、ナレーションが重なる。
「倉敷教授の研究は、人類にとって未知の抗生物質を生み出す可能性を秘めています」
研究室の一角では、研究員たちが慎重に器具を扱いながら、粘菌の培養作業を進めている。
「この粘菌は非常に繊細で、成長を見守るのに20年の歳月が必要です。しかし、これが成功すれば、難病の治療薬として転用できる可能性があるのです」
VTRが終わると、利江が腕を組みながら口を開いた。
「これ、特許が取れれば莫大な利益になるわね」
竜美は画面を見つめながら、静かに息をついた。
「そういうことですね……」
しかし、訴状を確認すると、請求されている1億円は、将来的な利益ではなく、研究に投じられた総額だった。
「1年間に600万円の研究費を18年間……だから1億円か」
利江が計算結果を読み上げると、虎太郎が首をかしげた。
「でも、普通こういう訴訟って会社を被告にするんじゃないのか?」
「そうね。その方が賠償金を取れるし、会社なら保険に入っている可能性も高いわ」
竜美も同意しつつ、訴状に記載された被告が瀬山個人であることに違和感を覚えた。
「もし清掃会社が保険に入っていたら、瀬山さんが1億円を丸々負担する必要はなくなるかもしれないな」
虎太郎がそう言いながら、次の行動を決めた。
清掃会社へ聞き込み
竜美と虎太郎は玲子の勤務する清掃会社「井口清掃」を訪れた。社長の井口久雄(チャンス大城)は、困ったように笑う。
「いやぁ、ウチもちゃんと保険は入ってるんですけどね。従業員のケガとか事故には対応できるんですが……」
「でも、今回のような電源を抜いて研究がダメになったってケースには?」
「いやぁ、それに対応する保険はさすがに入ってないですよ」
井口の言葉に、竜美は小さくため息をついた。
「本来なら、瀬山さんの過失は、使用者である会社が責任を負うのが通常の裁判の傾向なんですが……」
「じゃあ、なぜ瀬山さん個人だけが訴えられているんだ?」
虎太郎の問いに、井口は苦笑しながら答えた。
「いや、それがですね……瀬山さん、最初にこう言ったんですよ。『私がなんとかします』って」
「え?」
竜美と虎太郎が驚くと、井口は肩をすくめた。
「それに、あの研究室の清掃は彼女が自分から進んで引き受けたんです」
瀬山が自ら請け負った仕事だった。だからこそ、個人として訴えられる流れになってしまったのか――?
今回の戦法
事務所に戻ると、改めて訴状を精査した虎太郎が、ある点に気づいた。
「そういえば、原告は大学じゃないんだな。あくまで倉敷教授個人が訴えている」
「不思議ね。普通、研究に関する損害賠償は大学側が対応するはずなのに……」
利江も首をかしげながら、資料をめくる。
一方、竜美は将棋盤を前に、考え込んでいた。
「どの手で行こうか……」
そして、ふと呟く。
「今回は訴えられる側だから、後手ですね」
「後手?」
虎太郎が聞き返すと、竜美は将棋盤の上で駒を動かし始めた。
「後手には後手なりの戦法があります。倉敷教授は有名な大学教授で、しかも自ら原告になっている。つまり、研究者として主導権を握りたがるタイプ」
「それが?」
「そんな人が選ぶ戦型は、ズバリ居飛車」
竜美はホワイトボードに駒を並べながら説明を続ける。
「居飛車は定位置から動かさず、じっくり構えて戦う戦法。でも、後手として守るだけでは勝てません」
虎太郎が目を細めた。
「じゃあ、どうする?」
竜美はニヤリと笑い、飛車を動かした。
「後手の戦法は――ゴキゲン中飛車です」
「ゴキゲン中飛車?」
「そう。飛車を相手の玉の正面、5筋に振るのが特徴の戦法です。守りに徹するのではなく、積極的に攻めながらカウンターを狙う。それこそ、今回の裁判に最適な定跡と言えます」
虎太郎と利江が、なるほどという表情で頷いたその時――電話が鳴った。
「……相手の弁護士からです」
利江が受話器を取り、驚いたように竜美を見る。
「和解協議をしたいそうよ」
和解の条件
竜美と虎太郎は、大学へと向かった。和解の条件を確認するためだ。教授との話し合いが終わると、原告代理人のの山岡治信(吉岡睦雄)から和解案が提示された。
「1億円の支払いは、被告の経済状況から見て無理だろう。だから、被告は100%過失を認めるという文書を大学に提出し、原告に対して謝罪する。その上で、支払い可能な額まで賠償金を減額するという提案だ」
その提案を受け、竜美は一度黙り込んだ。
「なぜ、こんな和解案を?」
倉敷教授は、穏やかな口調で答える。
「当初は怒りから訴えを起こしたが、冷静になってみると、研究者にとって大切なのは、失敗を悔いることじゃない。失敗を乗り越えて、人類の未来のために、一歩でも先に踏み出すことだ。その結論に至ったんだ。瀬山さんにとっても、そのほうがいいのかもしれない」
教授は静かな決意を見せ、和解案を示してきた。しかし、竜美の中には何か引っかかるものがあった。
「ひとまず持ち帰って考えます」
そう言って、竜美と虎太郎は大学を後にしたが、竜美の心には違和感が残った。何かが、少しおかしい――そんな気がしてならなかった。
竜美はそのまま大学に残り、図書館へ向かう。理学部の活動記録を調べるうちに、ある記事に目が留まった。
「瀬山玲子……」
その名前が、記事に記載されていた。驚いた竜美は、急いでそのページをめくった。
「これだ……」
そう呟きながら、竜美は自分の推理を確信した。
竜美は事務所に戻り、瀬山を呼び出して話を始めた。
「瀬山さん、和解案をお受けになるつもりは?」
「和解はしません。絶対嫌です」
瀬山は即答した。その目は強い決意を湛えていた。
「でも、和解ができれば、賠償金の額は減るんです。あなたにとっても、悪い結果ではありませんよ」
利江や虎太郎が説得を試みるが、瀬山の態度は変わらなかった。
「本当に100%私だけのせいなんでしょうか」
その言葉を聞いて、竜美はひとつの疑念が頭をよぎった。
「瀬山さん。まだ…話していないことがあるのでは?」
竜美はそう問いかけ話を促した。そして図書室で見つけた記事を見せる。
18年前、瀬山は英央大学の理学部を卒業していた――その研究室は、当時まだ助教授だった倉敷教授が指導していた研究室だった。
竜美の目が鋭く光った。
「倉敷教授は瀬山さんのことを、後輩や学生に対するような呼び方をしていました。ひょっとしてあの実験に関わっていたのでは?」
瀬山は少し躊躇ったが、ゆっくりと答える。
「はい、在学中に始まった実験だったから、少しだけ」
その言葉に、虎太郎が驚いた表情で聞き返す。
「なぜ最初に話してくれなかったんですか?」
瀬山は一瞬黙り込み、視線を落とした。
「私があの研究室にいたことと、今回の裁判は関係ありません」
そう言って瀬山は静かに立ち上がり、事務所を後にした。
父のアドバイス
その日、竜美が家に帰ると、なぜか虎太郎も食卓を囲んでいた。彼は竜美の家族と一緒に食事を取るのは珍しいことではなかったが、今回は少し不自然な気配を感じていた。
竜美は父親の辰夫(田辺誠一)に向かって、今回の裁判について話を聞こうとしていたが、父親はすぐに答えた。
「公私混同だろう、竜美。それはやめておきなさい」
しかし、竜美の母・香澄(和久井映見)が口を挟んだ。
「司法の先輩として、世間話程度で一般論を話すのはいいんじゃない?」と、母は竜美を助けるように言った。
結局、竜美は父からアドバイスをもらうことになった。
「被告が以前、原告の研究室にいたのは気になるところだが、民事裁判に情状酌量はないからな」と、父親は冷静に話した。
「でも……」と、竜美はがっかりした表情を浮かべた。すると、父が続けた。
「でも、過失相殺を求める手はあるんじゃないかと思う。研究室側にも何らかの落ち度があったことを立証できれば、責任割合を減らすことができれば、賠償金額をもっと減らすことができるかもしれない」
竜美はうなずき、虎太郎もその案に賛同するように頷いた。
「それじゃ、倉敷教授と研究室のことをもっと調べないと」と竜美。
そして二人は急いで事務所に戻ることに決めた。
次の日、虎太郎は大学に行き、倉敷研究室のことを聞き込み始めた。しかし、教授や研究員たちは一切口を開こうとはしなかった。
その間、竜美は学部生たちに話を聞くことにした。学生たちの評判は上々だった。倉敷教授は熱心で、研究に情熱を注いでいる人物だという。しかし、竜美はその評価がすべて真実であるか、疑念を抱いていた。
事務所に戻ると、利江が面白いものを見つけたと言って、竜美に動画を見せた。それは以前、倉敷研究室で撮影された動画だった。竜美が画面に注目すると、瀬山が抜いてしまった電源プラグが映っていた。
「これだ…!」竜美は目を凝らした。
よく見ると、プラグの少し離れた場所に「保温器使用中 プラグを抜かないこと」と書かれた紙が貼ってあった。ただ、その字は薄く、読みにくい状態になっている。
「これは…」と、竜美は考え込んだ。
「しかも、その注意書きは、電源プラグからかなり離れた場所にあった」と利江が指摘する。
「これって、注意喚起を蔑ろにしていた証拠になるかもしれませんね」と、虎太郎が続けた。
「清掃が入ることがわかっていたのに、その分のコンセントを開けておかなかったというのは、研究室側の過失になるんじゃない?」と利江。
「さらに、助手の人から急かされたことも、過失を誘発した原因になっていると思います」と虎太郎が続けた。
竜美はしばらく黙って考え込み、静かに言った。
「有効な一手が見つかりました」
裁判開始
裁判がついに開始された。法廷の空気は緊迫しており、竜美も虎太郎もその雰囲気に圧倒されることなく、自分の戦略に集中していた。
「今回の裁判では、研究室が管理をおろそかにしていたことを証明します」と、虎太郎は開廷早々に力強く発言した。
しかし、原告側も黙ってはいなかった。
「被告は英央大学に在籍していたことがある。それは、実験の知識を持っていたということを示している。張り紙がなくても、実験中の装置の重要性を予見できたはずだ。これこそが過失責任の重大性を示す証拠だ」と原告側の弁護士が反論した。
竜美は少し黙り込み、その後、ふっと思いついたように口を開いた。
「これは超急戦だ…!後手のゴキゲン中飛車に抵抗する最速かつ最強の定跡」
竜美の目が鋭く光った。
「原告側は早期決着を望んでいるのだから、警戒すべきだった…!」と、竜美は悔しそうに呟いた。
すると、原告側の弁護士が新たな一手を打ってきた。
「では、別の実験の記録映像を再生します」と言い出したのだ。
映像が再生されると、全員がスクリーンに注目した。映像には、倉敷研究室での実験風景が映し出され、保温装置を見てから、戸惑いつつもプラグを抜く玲子の姿が映っていた。
「これは…」竜美の表情が固まった。
原告側の弁護士がすぐさま指摘する。
「見てください、被告が自らの意思でプラグを抜いているシーンです。これは意図的な行動です」
その瞬間、竜美の胸の中で何かが弾けた。
「被告の手、悪手中の悪手。大悪手だったみたい…」と、傍聴席にいる香澄が思わずつぶやいた。その言葉に竜美は冷や汗をかき、心の中で反省した。
被告への尋問
裁判が進行する中で、瀬山への尋問が始まった。
「なぜ自分からプラグを抜いたのですか?」と、原告側の弁護士が厳しく質問を投げかけた。
瀬山は少し戸惑いながら答えた。
「よく覚えていません…」
「故意に抜いたのは、研究室に恨みがあったからでは?」と更に追及される。
「そんなことはありません!」と、瀬山は否定した。
「では、研究者になる夢が叶わなかったことが原因で、倉敷教授の活躍を恨んでいたのでは?」と質問が続いた。
瀬山はゆっくりと息をつき、そして答えた。
「いえ、倉敷教授は、私にとって尊敬すべき研究者です。それに、私は…倉敷教授とこの18年間、男女の関係にありました」
その言葉に、法廷内が一瞬で静まり返った。
原告側の弁護士が驚いた表情を浮かべる中、瀬山は続けた。
「でも、彼は奥さんと別れて結婚すると私に嘘をつき、関係を続け、自分は研究に私財を投じてお金がないと言い、食事代もホテル代も私に払わせて……」
その言葉を聞いて、原告側も反論できず、裁判は一時中断となった。
新たな作戦
法廷を後にすると、虎太郎がすぐさま瀬山に近づき、証言の真意を確かめた。
「本当に、今言った通りなんですか?」
瀬山は一瞬だけ視線をそらしたが、すぐにまっすぐ虎太郎を見返した。
「ええ、そうです」
虎太郎は表情を引き締め、さらに踏み込む。
「じゃあ、不倫の腹いせでプラグを抜いたってことですか?」
瀬山は短く息を吐き、表情を変えないまま「仕事があるので、失礼します」とだけ言い残し、立ち去ろうとした。
しかし、その前に竜美が立ちはだかった。
「どうしてプラグを抜いたのか、その理由を聞かない限り、この対局は続けられません」
瀬山は足を止めた。
「私はただ許せなかっただけ。失礼します」
そう言い捨てると、玲子はその場を去っていった。
事務所に戻ると、竜美は盤面に向かって考え込んでいた。
「……詰み寸前」
盤面に置かれた駒を見つめながら、頭を抱えた。
過失相殺の主張が崩れた今、このままでは敗北は避けられない。
しかし――
「……!」
何かが閃いた。
竜美は勢いよく席を立ち、部屋を飛び出した。
「見えました!」
事務所にいた虎太郎と利江が驚いて竜美を見る。
「見えました。過失総裁がだめになった今、指せる手は一つだけ。捨て身の一手です」
そう言って、竜美は訴状を広げた。
「……これは?」
訴状には、原告瀬山玲子、被告倉敷隆文と記されていた。
「同じ損害賠償請求を起こす……?」と虎太郎が眉をひそめる。
「捨て身の一手、イコール持将棋です」
竜美はホワイトボードの駒を動かしながら説明を始めた。
「持将棋とは、互いに入玉し、勝負の決着がつけられなくなった場合に使う特別なルールです。お互いの駒を点数に換算し、合計点を競う形になります」
「……損害賠償請求で合計点を比べるって?」と利江が疑問を口にした。
竜美は頷く。
「つまり、こういうことです――」
竜美は将棋盤を指しながら言った。
「倉敷教授は、18年もかけた研究を台無しにされた被害者です。でも、瀬山さんもまた18年間、不倫で人生を台無しにされた被害者。どちらの損害が大きいのかを比べて、よりダメージが大きかったほうが勝ち。これこそが、今回の裁判における持将棋です」
「……なるほどな」
虎太郎は腕を組み、考え込んだ。
「じゃあ、瀬山さんと教授が18年間、どういう関係だったのか調べてみないと」
「じゃあ、話が聞けそうな人をリストアップしてみるわ」と利江が言い、資料を手に取った。
新たな方向性が見えた今、次の一手が最も重要になる――。
関係者への聞き込み
竜美と虎太郎は、倉敷教授の家の近所の人に話を聞きに行った。すると、意外な情報を得ることができた。
「倉敷教授、逆玉なんですよ」
近所の人が少し陰口をたたくように言った。
「逆玉?」
虎太郎が眉をひそめると、その住民は続けた。
「はい、奥さんのお父さんが英央大学の学長で、教授になれたのもそのおかげだって噂です。逆玉の教授が、奥さんと離婚するなんてことはあり得ないわよ。だって、大学をクビになっちゃうもの」
その言葉に、竜美はしばらく黙って考え込んだ。
「妻と別れるというのは嘘で、デート費用を負担していた、という瀬山さんの話とも整合性が取れますね」と、竜美は口を開いた。
虎太郎も頷く。
「つまり、倉敷教授は自分の立場を守るために、妻との関係を維持し、裏で瀬山さんとの関係を続けていた可能性が高いってことか」
次に、竜美と虎太郎はバイオファーマワンの中村雄一(西尾友樹)に話を聞きに行った。中村は瀬山のことをよく知っている人物だった。
「瀬山さん、かわいそうだよね」中村は言った。「あの人、研究者として院に残るつもりだったんだ。でも、周囲の目を気にして、大学も辞めちゃった」
「瀬山さん、研究者になりたかったんですね」と竜美が質問した。
中村は少し考えてから答える。
「うん、瀬山さんは本当に優秀な研究者だった。同期の中でも一番だったよ」
竜美はその言葉を胸に、また新たな情報を得た。瀬山がどれほど真摯に研究に取り組んでいたか、そしてその後の人生にどんな困難があったのかが少しずつ明らかになってきた。
事務所に戻ると、利江が一つのデータを手にしていた。
「なんか、これおかしくない?」と利江が言いながら、原告が提出した証拠の一つ、れいの粘菌データを見せてきた。
竜美はデータをじっくり見つめた。18年間、毎日欠かさずデータを取ってきたことを立証するための証拠だというが、何かが違う。
「7月と8月を比べてみて」と利江が指摘する。
「7月のデータは、時間や数値が非常に丁寧に書き込まれているのに、8月2日以降のデータは、筆跡が乱暴で、細かいデータが書き込まれていない……」
竜美は驚きとともに、それを確認した。
その直後、訴訟外での協議の申し込みの電話が事務所に入る。竜美はその通話を聞いて、少し笑みを浮かべた。
「いよいよ、持将棋での点数計算ですね」と、竜美は自信をのぞかせた。
諦める理由
竜美は、瀬山玲子本人から、思い出せる限りの食事や遊興費、そして自分で払った分のリストを送ってもらった。
彼女が倉敷教授との関係で負担した費用をできるだけ詳細に洗い出してみたが、仮に食事代とホテル代で1ヶ月10万円と計算しても、総額は約2,000万円ちょっとにしかならなかった。
さらに、慰謝料を加味しても、1億円には遠く及ばない。
「これは……やっぱり不倫の問題じゃないのかもしれない」
そう思った竜美は、直接瀬山の自宅を訪れ、話を聞くことにした。
玄関を開けた瀬山の表情は疲れ切っていたが、それでも来訪を拒むことはなかった。
部屋の中に入ると、驚いたことに、そこには研究に関する本や資料がまだ大量に残っていた。
「瀬山さん……研究への情熱を、失ってはいないんですね」
竜美は部屋を見回しながら、静かに言った。
瀬山は少し驚いた顔をしたが、何も言わずに視線を落とした。
「私は勝つためにこの裁判を引き受けました。でも、負けるとしても、納得できないまま負けるつもりはありません」
竜美はまっすぐ瀬山を見つめた。
「以前、法廷で『許せなかったから』と仰いましたね。でも、それが単に不倫を許せなかったからという理由では、私は納得できません」
瀬山は少し顔をこわばらせた。
「……」
「だから、聞かせてください。何を許せなかったんですか?」
竜美はさらに踏み込む。
「私は、この部屋を見て確信しました。瀬山さんは、研究への情熱を完全に捨てたわけではない。でも、それでもプラグを抜くという行動に出たということは、それ以上に許せない何かがあったはずです」
沈黙が流れたあと、瀬山がぽつりと口を開いた。
「……将棋を辞めた時、どんな気持ちでしたか?」
竜美はその問いに一瞬考え込んだ。長い間、自分にとって将棋はすべてだった。
「正直……よく覚えてません」
瀬山が意外そうな顔をする。
「でも、私は将棋を捨てたわけではありません」
竜美はゆっくりと続けた。
「たしかに、奨励会を抜けた時は終わったように感じました。でも、離れても、ずっと自分の中に将棋はあります。今は弁護士という形で戦っていますが、それは将棋との付き合い方を変えただけかもしれません」
その言葉を聞いた瀬山は、しばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと机の引き出しを開け、一冊の資料を取り出した。
「……見せる気はなかったけど」
そう言って、その資料を竜美に手渡した。竜美は慎重にその資料を開いた。
この資料こそが、瀬山が18年間研究してきたものを台無しにしてでも、決断しなければならなかった理由――そして、それが今回の裁判の最大の鍵となるかもしれない。
依頼の決着
竜美は袴を身にまとって大学へ向かった。彼女はこの交渉が最終局面であることを理解していた。
大学に到着すると、待ち構えていた弁護士や倉敷教授が、静かに席についた。竜美と虎太郎、利江も向かい合わせに座る。
「さて、本題に入りましょう」
竜美は落ち着いた口調で切り出した。
「2つの賠償金を比較し、その差額を支払うことを和解の条件とします」
相手側の弁護士が表情を引き締めた瞬間、利江が資料を取り出し、話し始めた。*
「妻と別れて再婚すると嘘をつき、18年間も不倫関係を続けた。そして、その間の交際費を瀬山さんがほぼ全額負担していた」
そう言って、クレジットカードの明細履歴を提示すると倉敷教授の顔が一瞬強張った。
虎太郎は静かに口を開く。
「そして、瀬山さんは研究職を断念した。それも教授との関係が影響していたことは明白です。慰謝料も加えた金額として、3100万円を求めます」
原告側の弁護士が口を開こうとしたが、その前に竜美が追加の証拠を提示した。
「こちらを見てください」
竜美が取り出したのは、アメリカの研究センターがネット上で発表したレポートだった。
「これは、18年間研究を見守ってきた瀬山さんが、世界各国の粘菌の研究データを調べていて見つけたものです」
レポートにはこう書かれていた。
『同センターは、倉敷教授が生み出そうとしていた、同種の抗生物質の実用化に成功する見込みである』
「さらに、抗生物質の効果が認められ次第、特許取得予定とも記載されています」
倉敷教授がギリッと歯を噛みしめる。
「これは正式に発表された論文ではなく、日本国内では未発表のものですが……もし正式に発表されれば、倉敷教授の18年の研究は無意味になる。だから、最初の裁判を早く終わらせたくて、早々に和解協議を持ちかけたんですね?」
竜美が詰め寄る。
「……逸失利益ではなく、あくまで研究にかかった実損害だ」
原告側の弁護士が必死に反論するが、虎太郎が冷静に切り返す。
「その損害が、なんの成果もない無意味なものであると判明した以上、請求額の大幅な削減を求めます」
虎太郎はさらに続けた。
「理学部の他の研究室で、単独で行われている実験の平均額は2300万円です」
竜美は再び、脳内の将棋盤を見つめる。
「……宣言します!こちらの駒の点数合計31点。相手側は23点。結果、持将棋でこちらの勝ち!」
竜美は思わずつぶやいた。脳内で将棋の決着がついたのと同じくして、現実でも決着がつこうとしていた。
「つまり、差額800万円を支払い、最初の訴えを取り下げてくれれば、和解に応じます」
虎太郎がはっきりと告げた。
その瞬間、倉敷教授は立ち上がった。
「……満足か?」
倉敷教授の声が震えていた。
「俺の研究者としての人生を、教授としての人生を台無しにして、それでお前の気が済むのか!?」
部屋から出て行こうとする倉敷教授を見て瀬山は立ち上がる。
「18年間、ありがとうございました」
そして立ち去る教授の背に向けて、深々と頭を下げた。
ドラマの結末
話し合いを終えた竜美と瀬山は、大学の静かな中庭に座っていた。緑に囲まれた空間は、どこか安らぎを与えていたが、二人の間に漂うのは依然として重い空気だった。
「倉敷教授と出会ったのは二十歳のときだったんです」
瀬山が静かに語り始めた。
「付き合い始めて二年後、学長の娘との結婚話が持ち上がったんです。それでも、私は倉敷教授の研究者としての才能を信じて、自分から身を引く覚悟だったんです。でも結局、ずるずると不倫関係に……」
その言葉に、竜美は何も言えなかった。ただ静かに聞いていた。
培養する粘菌を見て、倉敷教授は瀬山に告げた。
「この子たちが役に立つ新しい未来が必ず来る、僕達の子供だ」
その言葉を聞き、竜美は心の中でその時の感情を想像していた。どれだけ必死に倉敷教授を支えようとしたのか、彼女の努力が垣間見えるような気がした。
「でも、あの実験だけが、私とあの場所を繋ぐ唯一の証だったんです」
瀬山は目を閉じ、少しだけ視線を遠くに向けた。
「だから、研究室の実験作業は、自分からやったんです。あの実験がそこで確実に時を進めているのを見ることが、数少ない生きがいでしたから」
「なのに、どうしてそれを……?」と竜美が問いかけると、瀬山は少しだけ沈黙を保ってから答えた。
「先月、海外のサイトを検索して、見つけたんです。その情報を教授にもすぐに伝えました」
瀬山から話を聞いた倉敷教授は保身に走った。
「この期に及んで海外の研究期間に負けた、無駄な実験だったなんて言えない。研究費も降りなくなる」
竜美はその言葉を聞きながら、心の中で倉敷教授のエゴを理解し、また瀬山が抱えていた痛みを感じ取った。
「研究はやめない。論文が発表されるまで、まだ時間がある。自分の定年までならなんとかごまかせる」
倉敷教授は言った。
「何の成果も望めない研究を保身のために続けるなんて、正気ですか?」竜美は声を上げる。
「でも、そんな研究者はいっぱいいる」
その言葉に、竜美は深い苦渋を感じた。
「思い出してよ、実験を始めた日のこと。新しい抗生物質が人を救う未来を思い描いていたじゃない。新しい何かを生み出す、そんな未来を」
「玲子……もう未来を夢見るような年じゃないんだ」と、倉敷教授は冷たく言った。
その言葉を聞いた瞬間、瀬山はふと立ち止まる。
「その瞬間、長い夢から覚めた気がしました」
その時、竜美がようやく納得したかのように、静かに言った。
「だから、プラグを抜いたのですか?」
瀬山は深く息を吸い込み、目を閉じた。
「研究室でこれまでと何も変わらず、時を重ねているあの保温装置を見た時、私は……新しい未来なんてどこにもなかった。何も生み出さず、研究費や教授の地位のためだけにただそこにある。それが許せなかった」
あの時、プラグを抜く前に瀬山は躊躇っていた。そして抜き終えると泣きそうになった。
「色々とご迷惑をおかけしましたけど……本当にありがとうございました」
瀬山は静かに頭を下げ、背を向けてその場を立ち去ろうとした。
竜美は少し遅れてその後ろ姿を見送ったが、すぐに追いかけて行った。
「これからどうされるんですか?」
瀬山は振り返り、少しだけ笑顔を見せた。
「どうしようかな……何かを終わらせたら、新しく始めないとね。次の18年は、竜美先生みたいに、勝ちにこだわって。絶対勝ってみせるから」
その言葉に、竜美は少しだけ微笑んだ。そして深く頭を下げ、瀬山の背中を見送った。
家に戻った竜美は、自室で虎太郎と共に感想戦を行っていた。
「おかげで身にしみてわかりました」竜美はふと呟いた。「将棋の駒は指し手を裏切りません。でも、人は誰かの予想を裏切ったり、ときには嘘をついたりする。でも、だからこそやりがいもあるんだって」
虎太郎は笑みを浮かべながら言った。
「瀬山さんのような女性の気持ちとか、恋心とか、特にわからなかった」
「恋心、そんな定跡は見たことありません」竜美は軽く肩をすくめた。
「それは、恋をしたことがないってこと?」虎太郎が無邪気に聞くと、竜美は少し顔を赤らめて答える。
「多少の恋愛経験くらい…」と竜美がぼやくと、利江から突然の電話が入る。
「新しい依頼が入った」
「新しい依頼?」竜美が問いかけると、利江は電話口で一息ついてから言った。
「民事ではなく刑事裁判。しかも、殺人事件の依頼」
その一言が、竜美に新たな戦いを予感させた。
【法廷のドラゴン】2話のまとめと感想
金や地位を守るためだけに存在する無意味な研究を、不倫相手の元研究員が終わりにしたという話でした。
18年間、それは人の人生を変えました。20歳の時に倉敷と知り合ったという瀬山は研究を辞めて清掃員になり、倉敷は学長の娘と結婚することで助教授から教授へと出世しました。その2人を加藤さんと山口さんでやっているのだから、相変わらずいいキャスティングです。
別れる気もないくせに瀬山を繋ぎ止め、研究が無意味なものになっても、何とか自分だけは切り抜けようとする倉敷は、人の人生を壊すとんでもない人物です。
「もう未来を夢見るような年じゃないんだ」という倉敷のセリフは中々に響きますが、その言葉で長い夢から目が覚めた瀬山は未来へ向けて一歩踏み出す覚悟を決めました。
何かを終わらせたら、新しく始めないとね。と瀬山は言い、新たな未来へ向けて夢を見ます。恋心も未来も、全て自分が夢見なければ始まらないのかもしれないと、感じさせる話でした。