第3話「City Lives」
奇妙な街
水谷賢太郎(板倉武志)は緊張した面持ちで車の後部座席に腰を下ろしていた。密着取材の開始を目前に控え、心拍数が早まるのを感じた。一方、佐藤勝利(本人役)は車の中で黙々と番組の開始を待っていた。暗い車内に流れる沈黙は、外の風の音だけが打ち破っていた。
突然、すさまじい地響きが大地を揺るがせた。勝利は驚いて車から飛び出し、周囲を見回した。家々がまるで何かに押されるように動いていた。現実離れした光景に思わず息を呑む。
水谷は他のスタッフを捜して走り回ったが、誰の姿も見当たらない。無人の街が広がる中、勝利もまたトンネルの外へ出てきていた。水谷と合流し、無言のままを歩き出す。そこには人の気配が全くなかった。
季節外れの蝉の声が、静寂に染まる街に不気味なリズムを刻んでいた。二人が進むと、遠くから人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。希望の光が差し込むかのように、二人は急いで駆け寄った。
その人物は、信じられないほどの勢いで深々とお辞儀をした。しかし、その態度はどこか奇妙だった。辺りでは突然、蒸気が激しく噴き出し、地面が悲鳴を上げるかのように震えていた。
ホールにたどり着いた二人は中をのぞき込んだが、そこもまた誰一人いなかった。外に戻ると、駐車場にぽつんと立つ男が目に入った。声をかけるが、男は車のドアを何度も開けたり閉めたりするだけだった。
さらに奥へ進むと、地面に杭を打ち込む男が見えた。彼の手には巨大なハンマーが握られ、その瞳は異様な光を放っていた。
突然、電柱が不気味に揺れだし、電線が蛇のようにうねりながら襲いかかってきた。ハンマーを振り上げた男が猛然と突進してくるのと同時に、佐藤の体に電線が絡みつき、何かに引きずられるように消え去った。
呆然と立ち尽くす水谷の前に、辻みさき(片山友希)と名乗る女性が現れた。「耳を塞いで!」と鋭く命じる。その直後、耳を劈くような防犯ブザーの音が辺り一帯に響き渡った。
音の波に飲まれるように、暴れ狂っていた電柱は力を失い、ぐったりと地面に伏した。静寂が戻った街に、ただ風だけが通り過ぎていった。
街は生き物
辻に導かれて、佐藤たちはホールの中へと足を踏み入れた。辻はポケットから道具を取り出し、私に手渡した。「虫除けです。つけておけば、とりあえず飲まれたりはしませんから」
「虫?」と佐藤が問い返すと、辻は意味深な笑みを浮かべて首を振った。「虫ではなく、街に、です」
外に出ると奇妙な光景が広がっていた。道はゆるやかに歪み、線路は曲がりくねっている。標識は無造作に配置され、行く手を遮っているように見えた。辻は淡々と歩き続けたが、佐藤たちは思わず足を止めた。「車のある場所に戻りましょう」
だが戻ったとき、車は建物に飲み込まれつつあった。黒い影が車体を包み込む様子に、ぞっとする。
「やっぱり、お二人を外に出したくないみたいです」辻が呟いた。
「誰がですか?」と震える声で佐藤が尋ねると、辻は楽しそうに笑った。「街が、です。街も生き物なので」
その瞬間、目の前のタワーマンションが不気味にねじれながら立ち上がり、金属の軋む音が響き渡った。
佐藤たちは『街 ~世界で一番大きな動物~』と題された動画をノートパソコンで視聴する。
「街、またの名を都市型生物。この生き物は人間が暮らす都市に擬態する世界で一番大きな動物です」ナレーターの声が響く。
映像には広大な都市が映し出される。その姿は一見すると普通の町並みだが、説明は続く。
「街が最初に発見されたのは20世紀初頭の南極。それ以降、各国で次々と見つかり、現在では世界に800を超える個体が確認されています」
国内に生息する12個体については、1932年設立の都市型生物保護機構(都生保)が研究と保護を行っている。画面に映る一つの街。その無機質なビル群の裏に潜むものが何かを思い知らされる。
「それがこの街だったんだ」佐藤たちは動画を見ながら驚きと感心を隠せなかった。
「街はクジラにも匹敵する知性を持っているといわれています」学者の高城順(広田亮平)が語る。
「数平方キロメートルにも及ぶその体内に、脳がどこにあるのか、そもそも何を食べているのか――未だに多くの謎が残されています」
「街」の表面には無数の呼吸孔があり、大小さまざまな穴が呼吸のために機能している。中には直径1メートル以上のものも存在するという。
「長く人間と関わりを持ちながら、未解明の点が多い動物です」高城は静かに結んだ。
街は近くにいる人間の記憶を読み取り、町並みを形成する。そしてその住民たちは、まるで人間そのものだが、実際は街の一部にすぎない。
「疑似住民は、街が作り出す人間に擬態した器官です」
疑似住民たちは免疫機構や感覚器として機能し、街そのものを守るために存在していた。彼らが見つめ返してくる視線には、無機質な冷たさが宿っていた。
街とのふれあい
辻は佐藤に彼が出演するはずだった番組の企画書を見せた。それは『動物ばんざい!「街」特集~佐藤勝利、街との触れ合い~』という内容だった。
「ここに住んでいたんですか?」と尋ねる佐藤に、辻は静かにうなずいた。「そうです」
「街が生きているということは、部屋も生きているってことですか?」
「その通りです」辻は壁のコンセントに歩み寄り、軽く叩いた。すると穴から小さな呼吸音が漏れた。
佐藤も恐る恐る同じようにしてみたが、壁は警戒しているようだった。
佐藤は本来撮影するはずだった企画を始めることにした。手に日時を記したホワイトボードを持ち、一方通行の標識に近づく。その様子を辻が写真に収めた。
二人はゴミを拾って集め始めた。それは街の老廃物にほかならなかった。「敵じゃないってわかってもらうためにするんです」と辻が言った。
不意に、車のドアを何度も開けたり閉めたりする音が聞こえた。
「何ですか?」
「常同行動です。一般的にはストレスが原因です」
佐藤たちが来たことで、街も何かを感じているのだろう。「じゃあ出してよ」と佐藤がぼやいた。
ふと動きを止めた疑似住民がこちらを見つめ、その目が光った。「だめか」と佐藤は呟いた。
街の暴走
街の中の景色はすべて辻の記憶から生まれていた。記憶の断片が形をなし、歪んだ街路と揺れる建物が立ち並ぶ。
辻と佐藤は新しく生まれたばかりの建物を静かに拭きあげた。まだ表面はほんのりと温かい。「生まれた時から世話をしているんです」辻は懐かしそうに微笑んだ。
街の始まりは一つの小さなベンチだった。それがやがて家になり、電車が走るようになった。あれから4年――街はゆっくりと成長を続けていた。
「この子は特に不器用で、意思表示がずれることが多いんです」辻は苦笑する。室外機から熱風が吹き出した。
「嫌がらせ?」佐藤が呟くと、辻は首を振った。「街なりに気遣っているんだと思います」
佐藤は少し迷った末、室外機に向かって「ありがとうね」と声をかけ、軽く撫でた。
どこからか布団を叩く音、遠くから吹奏楽の調べ――それは懐かしい風景だった。
「街はその人にとって良かった記憶を再現する習性がある、という仮説もあります」辻の説明に、佐藤は思わず見入った。
「街におやつをあげてみます?」辻がアンプルを取り出した。
佐藤はアンプルを地面に差し込んだ。街がそれを飲み込むと、ビルの看板が紫色に変わった。それは友愛の印だった。
「成功ですね」佐藤たちは喜び合った。
ふと目をやると、ベンチにピックが突き刺さっていた。それは佐藤がずっと前になくしたものだった。街が記憶から生成してくれたのだ。
佐藤が口笛を吹きながら歩くと、突然、看板が空から落ちてきた。ビル群が寄り集まり、ねじれた街がゆっくりと立ち上がる。
通りには壁が出現し、逃げ道を塞いでいく。「逃げましょう!」辻は叫び、佐藤の腕を引いた。
二人は慌てて駆け出した。追撃はなかったが、街は決して彼らを逃がすつもりはなさそうだった。
ドラマの結末
「明日の昼まで宿舎で待機してください。街を鎮静剤で休眠状態にします」
辻の表情は固くなった。鎮静剤の使用はリスクを伴う。1962年には、投与された街が暴走し、死亡例が報告されたことを思い出す。
翌朝、佐藤は昨夜撮影したVTRを見せてもらった。画面には紫色のライトが不気味に輝いている。
ふと思いつき、佐藤は軽く口笛を吹いた。すると、蛇口から一滴の水が落ちた。その様子を見て、彼の目に閃きが走る。
「一つ試したいことがあります」佐藤は辻を探し出し、真剣な表情で告げた。
ギターを手にした佐藤はホールへ向かい、屋上へと続く階段を駆け上がった。冷たい風が頬をなでる中、彼は口笛を吹きながらギターを叩いた。
すると、街が応えるように微かに震え、リズムを取り始めた。叩くのをやめると、全てが静止する。
佐藤はゆっくりとピックを手にし、ギターの弦をかき鳴らした。すると、街が共鳴するように目覚めた。
「世界でもこういう事例は初めてらしいんです」その時のことを思い出しながら佐藤は微笑んだ。「街はストレスを閉じ込めようとしたんじゃなく、歌ってたんです。僕らと仲良くしたかったのかもしれません」
街と人は、ずれていてもそのずれがハーモニーを生んでいた。「そんな感じですかね」と佐藤は静かに笑った。
演奏を終えた彼は、街から出ることができた。
数日後、佐藤はVTRを見返しながら「楽しかったな」と呟いた。
その時、水谷が現れた。「前回の企画が好評だったので、また街の特集が決まりました」
次回の目的地はアフリカのタンザニアにある「京都」。なぜタンザニアに京都が存在するのか。その謎に迫る新たな冒険が始まろうとしていた。
「行きましょう」佐藤は力強く応じた。
感想とまとめ
シュール系の話です。街が生物という前提で話が進みます。
かなり昔から街は存在していて、共存していたそうです。なぜか佐藤たちを外に出さない街でしたが、次第に仲良くなり、最終的には街とセッションすることで外に出れました。
映像的に見ていて面白い話です。CGの発達により、違和感なく街が生きている感じで見れます。
佐藤が街を手なづけるのが上手ということなのか、最後は新たな街とのふれあいに向かうという終わり方をします。