【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】のネタバレと感想|岡山天音主演の哲学的ドラマ

スペシャルドラマ
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2025年3月16日にNHK総合で放送された【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】のネタバレと感想をまとめています。

姉から甥っ子を預かることになった主人公が、2人で過ごしていくうちに意気投合していきます。実在した悲観主義者、エミール・シオランに触発されたオリジナルドラマとなっています。

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【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】のキャストとスタッフ

キャスト

  • 昼間吉人(ひるま よしひと)…岡山天音
    大学の非常勤講師
  • 昼間幸太(ひるま こうた)…森優理斗
    明美の息子
  • 昼間明美(ひるま あけみ)…村川絵梨
    吉人の姉。幸太の母
  • 大和田理玖(おおわだ りく)…中村織央
    明美の恋人。売れないバンドマン
  • 三木ひかり(みき ひかり)…片岡礼子
    吉人が勤務する大学の准教授
  • 和辻(わつじ)…おいでやす小田
    吉人のバイト先のコンビニ店長
  • 萩原雪乃(はぎわら ゆきの)…ゆうちゃみ
    吉人の大学の生徒
  • 春川昆(はるかわ こん)…渡部潤一
    謎の清掃員

スタッフ

  • 作:伊吹一
  • 音楽:nih
  • 演出:松本仁志
  • プロデューサー:葛西勇也
  • 制作統括:磯智明
  • 公式HP
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【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】のネタバレ

甥っ子の幸太を預かることになった吉人は、共同生活をしているうちに、幸太も自分と同じように悩みを抱えていることを知る。

自分の専門であるシオランを通じて、幸太との仲を深めていく吉人。しかし、就職の不合格通知を見て、この世に絶望する吉人だが、姉が緊急帝王切開になるかもしれないと、連絡を受けて病院に向かう。

幸太が妹が生まれてくる意味について苦悩する姿を見た吉人は、出産を終えるまで彼に寄り添い続けた。

やがて母子共に健康と知らされ、生まれた妹を見た幸太は、悩みながらも現状と折り合いをつける。

吉人はそんな様子を見て、悩みながらも流れに身を任せるよう生きることにする。そして幸太と一緒に、シオランの墓をいつか一緒に見に行こう、それまで死なないこと、どうせ死ぬなら、パリで死のうと約束した。

突然の話

昼間吉人(岡山天音)は河原で本を燃やしながら「生きる、やめる」と呟いていた。大学で授業を終えた吉人は、萩原雪乃(ゆうちゃみ)に一方的に話しかけられる。困惑する吉人だが、雪乃は満足するまで話し終えると立ち去った。

吉人は姉の昼間明美(村川絵梨)から連絡をもらい、姉の新しい恋人の大和田理玖(中村織央)も交えて喫茶店で会う。明美は大和田との間にできた子どもの出産まで、息子の幸太(森優理斗)を預かってほしいと頼まれる。吉人は困惑しつつも引き受けることに決め、幸太と一緒にプールに行く。しかし、吉人は水着にも着替えないでいた。幸太に入るよう促すが、彼は入ろうとしない。

すると吉人は流れるプールについて、流れるのではなく流されているのだと文句を言う。「なんの主体性もなく、流れに流されて喜んでいる。あまりに愚かだよ。排水溝に流されるゴミのようだ」と、散々な調子だった。

プールから出た後、二人で牛丼を食べるが、吉人が「君がこれから過ごす家庭において、これはごちそうだよ」と話すも、幸太は食べようとしない。吉人が「食べないと死んじゃうよ」と言うと、幸太は「なんで死んじゃダメなの?」と問い、吉人は驚いて答えられなかった。

帰宅後、吉人は雑然とした部屋に幸太を連れて帰る。幸太に不安になったか尋ね、「おじさんも不安だ」と吉人はつぶやいた。自宅には、引っ越してきた時からなぜかいたという亀がいた。

世界を呪う

吉人は幸太を預かって1週間が経過した。大学で准教授の三木ひかり(片岡礼子)と吉人は話をする。彼は子どもが苦手だと感じており、その理由は子どもが非合理的で自己中心的だからだという。

姪っ子が生まれることについては、こんな世界に生まれるなんて、拷問と同じだと話した。そんな吉人が甥っ子を預かり、子どもが生まれるのを手伝っているのは皮肉だとひかりは笑った。

ひかりが吉人に「シオランの子どもは産むべきじゃないっていう、反出生主義者なの?」と尋ねると、吉人は何も答えなかった。また、「少なくとも自分の人生は終わらせたい?」とも聞かれ、吉人は今年も就職活動で全敗し、ほとんどが書類で弾かれたことを話す。そんな吉人をひかりは「ヴァニタス画に描かれていそうだ」と言うと、吉人は「まだ白骨化していない」と答えた。

吉人はコンビニのバイトに行き、廃棄される弁当をじっと見ていた。すると店長の和辻(おいでやす小田)から「持っていっちゃダメだからね」と釘を刺される。幸太も預かり懐事情の苦しい吉人にとって、喉から手が出るほど欲しかったが諦めた。

バイトを終えて自宅に戻ると、窓が開いており、幸太の姿が見当たらない。幸太は家にいた亀を手に持ち、川に向かっていった。吉人が見つけた幸太に声をかけると、幸太は「どっか行きたい。ここじゃない、どっか行きたい」と訴える。

吉人は幸太のそばに行き、「おじさんも…遠くに行きたいよ」と言う。幸太が「なんで?」と尋ねると、吉人は足が遅かったことがきっかけだと話し始める。足が遅いのは自分のせいじゃない、生まれに問題があるのだと。結局、中学の時に学校に行けなくなり、自分の中の全てが壊れたと語る。吉人は「だめだ、あまりに凡庸だよ。嘘っぽいし安っぽいし、最低だよ」とぼやきながら、世界を呪いたくなる気持ちを吐露した。

シオランの話

吉人は幸太と一緒に自宅に戻り、眠る幸太を起こさないように静かに部屋を出て、隣の部屋で写経を始める。彼は「私達は誰も彼も地獄の底にいる。一瞬一瞬が奇跡である地獄の底に…」という言葉を写しながら、静かに時間を過ごす。

翌朝、幸太から「大学の先生って貧乏なんだね」と言われ、朝食としてコーンスープとパンを食べることに。幸太はパンをスープに浸してもいいかと尋ね、吉人は自分もいつもそうしていると答えると、幸太は「せっかくカリカリにしたのにね」と笑った。その後、吉人の姉から電話がかかり、幸太に代わった。特に何かあったわけではなかった。

その後、吉人は幸太を連れて大学へ行く。幸太にどこでも好きな場所に座るよう言い、幸太も授業に参加することになった。吉人はシオラン、ペシミズム、悲観主義について話し、幸太はそれをノートに取る

シオランは1911年にルーマニアで生まれ、1937年にパリに移住し、生涯にわたって生きる苦悩を考え続けた思想家だった。シオランの反出生主義は、「自分は生まれないほうがよかった」という誕生の否定と、「子どもも生まれないほうがよい」という出産の否定の二つを主張していた。

この思想の背景には、「この世界は最悪なものだ」というペシミズムと、悲観主義的な思想があった。つまり、苦しみを伴う運命が待っている、この世界に生まれたこと自体が悲劇であり、その苦しみを増やすために新たに子どもを産むことも、否定されるべきだという考え方だった。

そんな話を幸太は最前列で、熱心にノートに書き留めながら話を聞いていた。

何の意味もない

授業を終えて自宅に一緒に戻る途中、幸太は「おじさん、僕大学好き」と言う。さらに「シオランはもっと好き」という幸太に、吉人は「生きにくくなるよ」と警告するが、幸太は「これ以上生きにくはならない」と返す。

自宅の床に二人は寝そべり、吉人が幸太に風呂に入るように言うと、幸太は「うーん」と言っていかない。吉人はシオランの言葉を引き合いに出し、「今朝、ある天文学者が、宇宙には何十億かの太陽があるとしゃべっていた。聞いた後、私は洗面をやめてしまった。今さら顔なんぞ洗ってもしかたがないではないか」と語る。幸太は「なんの意味もない」と言うことかと問うと、吉人は「そういうこと」と答えた。

ひかりと3人で一緒にレストランで食事をしていると、ひかりが「幸太も哲学が好きなの?」と尋ね、幸太は頷く。ひかりは「ちゃんと大学のポスト狙うんだよ、じゃないと昼間くんみたいになっちゃうよ」と笑いながら言う。さらに、「こんなにシオラン好きなのに、パリ行ったことすらないんだよ」と続け、吉人は「100トン超えの鉄の塊に乗って、空中を10時間移動するって人間のすることじゃないです」と屁理屈を言う。隣で幸太は笑った。

吉人はトイレに行くと言って席を立ち、ひかりに幸太が「なんでこんな世界なのに、生きてるんですか?」と問いかける。ひかりは「私はズタボロで悲惨な人生のほうが、味わいがあると思っているから。何でもうまくいく、ツルツルな人生ってなんかダサくない?」と答え、幸太はその答えを聞いて微笑んだ。

漆黒の闇

吉人と幸太が自宅に帰る途中、幸太は「僕、早く大人になりたい」と言うと、吉人は「そっか」と笑った。自宅では、吉人が一人で写経していると、幸太が声をかけてくる。吉人はシオランの本を渡し、幸太はそれを受け取って「重い」とつぶやく。

それは吉人が大学三年のとき、ゼミの先生からもらった本で、吉人はその本から毎日1個ずつノートに書き写していた。『シオラン写経』と書かれたノートは13冊にもなっていた。幸太がそのノートを見せて、「読み聞かせて」と頼むが、吉人は「世界で一番読み聞かせに向いてない」と言う。

しかし吉人は一節を読み始める。「今ちょうど真夜中。私はたった一人、自分よりも強力な絶望を前にしている。そして私はまた、自分の生誕以前へ逃れる。私は生を嫌っているのでも、死を乞い願っているのでもない。ただ、生まれなければよかったのにと思っているだけだ」というシオランの言葉を読んだ。

ある晩、幸太はシオランは、怠惰を推奨しているのではないかと問いかける。吉人は「そのとおり」と言ってソファで横になる。その後、幸太が封筒を渡すと、吉人は飛び起きた。それはある大学からの採否通知書だった。

吉人は「常勤講師になれば、学問でごはんが食べられる、少なくとも建前だけは、シオランのことだけ考えて生きていける」と語る。幸太は「すごい」と感心し、もし常勤の講師になったら、幸太の学費も出せると吉人は言う。幸太は「早く開けてよ」と促し、吉人が取り出した書面には「不採用」と書かれていた

幸太は励ますように冷凍庫からパピコを取り出し、半分を吉人に渡す。吉人はその結果に対して、「不幸すぎて笑えるね。なんでわざわざ不採用通知なんて送ってくる。奨学金という名の借金で、学費を工面しながら、唯一の生きがいとして学問の道を選んで。膨大な時間と労力をかけている。なのに文系のポストなんてどこにもない。それでもあがいて、あがいてあがいて…お先は真っ暗だ、なんの未来もない。一筋の希望もない。漆黒の闇だ。黒よりも黒いんだ、この世界は」とふてくされた。

生まれる意味

大和田から電話があり、吉人と幸太は急いで病院へ向かう。大和田の話では、明美は急に状況が悪化し、緊急帝王切開になる可能性があるという。

幸太は「妹…生まれなきゃダメなのかな」とつぶやく。続けて「兄ちゃんになるのが嫌とか、お母さんをとられるとか、そういうのは何もないよ。でも人生いいことないよ。つらいよ。頑張って生まれてきても、苦労するだけだよ。お金もないし、父親もいない」と話す。

そして大和田が「妹がお腹の中にいるって知った時、産まないって選択肢もあるんじゃないかって言っていた」と続ける。幸太は涙を流しながら「だったら、いっそのこと…」と言い、吉人は「そうだよね」と共感し、宇宙の話を始める。「生まれようが死のうが、大した違いもない」と言いかけるが、続けられず、感極まって幸太の手を握って励まそうとする。その瞬間、看護師がやってきて「母子ともに、スーパー健康です」と告げた。

明美のところに行くと、彼女は幸太に生まれたばかりの妹を見せる。幸太は柔らかな頬を触り「生まれてきちゃったね」と微笑みかける。さらに、大和田もやってきて子どもを見るなり、「かわいすぎだろ」と興奮し、幸太を抱きしめる。その様子を見た吉人は、「これだから、世界は…」とぼやいた

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【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】の結末

大学の授業を終えた吉人が帰ると、ひかりが幸太を連れてやってきた。吉人はプールのロッカーで、シオランの本を全部写すまでやるんだよ、と本を渡した幸太に話した。

吉人と幸太は水着に着替え、流れるプールで浮き輪を浮かべながら、流されるままに話をする。吉人はシオランが84歳まで生き、自殺せずに寿命を全うしたことを教えた。「笑っちゃうよね、世界一のペシミストがしわくちゃのおじいちゃんになるまで生きるなんて。死ぬぞ死ぬぞって言いながら、結局最期まで生きちゃった」と吉人は続けて、「いつかさ、パリにあるシオランのお墓、2人で見に行こうよ。お金ためるから。それまではお互い死なずに」と提案する。幸太は「延期だね」と返し、「どうせ死ぬなら、パリで死のう」と吉人が言うと、幸太も「うん」と同意する。

その頃、ビルの屋上で、凱旋門の絵を本の片隅に書く老人がいた。「ここはパリじゃないんだから、掃除してくれ」と言われて彼は仕事に戻った。その本はシオランの本だった

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【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】のまとめと感想

悲観主義な2人が出会い、共に世の中に絶望していが、新たな命の誕生を目にして、世の中と少し折り合いをつけようとしたという話でした。

具体的に何が言いたいのか、ドラマ内で語られません。ただ、それぞれ事情があって悲観的な状況の2人が、なんとか最後に折り合いをつけます。それもあくまで“折り合い”であり、悲観的であることには変わりありません。

シオランが天寿をまっとうしたことを、吉人は「笑っちゃうね」と言いながら、共感しているようにも見えます。恐らく吉人にシオランの本を渡した恩師は、ビルの屋上にいたあの老人ではないかと思わせます。

つまり、シオランが天寿をまっとうしたように、恩師もシオランに傾倒しながらまだ存命であるわけです。さらに、恩師も吉人同様、パリではなく国内にいます。

恩師が吉人にシオランの本を授けたように、吉人もまた幸太に本を授けます。そしてまた幸太は誰かにシオランを授け……といった、悲観的でありながら、脈々と続く息吹のようなものが対照的に描かれます。

シオランは響く人には響き、心の支えとなるでしょう。しかし、響かない人には彼の言葉はまるで、中二病の戯言のように見えるかもしれません。

吉人のような悲観的な人や屁理屈を言う皮肉屋を、今は許容できるような世の中ではないのかもしれません。しかし彼らの言うことにも一理あります。

前向きといえば前向きな終わり方ではありますが、人によってはもやもやした気分になるドラマかもしれません。

【どうせ死ぬなら、パリで死のう。】のいいセリフ

私はズタボロで悲惨な人生のほうが、味わいがあると思っているから。何でもうまくいく、ツルツルな人生ってなんかダサくない?

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