【まぐだら屋のマリア】後編のネタバレ
母親を殺して欲しいと願ったことで、母が亡くなったと思っていた貴洋だが、母親は実は生きていた。そのことを知った貴洋は、マリアたちに見送られて自宅へ戻った。
ある日、店のそばに見慣れぬ男性が立っていて、紫紋が後を追ってみると、マリアと抱擁しているところを目撃してしまう。2人はそのままバスに乗って姿を消した。そこで紫紋が克夫にマリアの過去について話を聞きだす。
マリアはシングルマザーの母と2人暮らしだった。内縁の夫が家に転がり込み、マリアを手篭めにしてしまう。以来、マリアは学校に行くのをやめた。心配した担任の与羽が家を訪問し、最初は嫌がっていたが次第にマリアは心を開く。
与羽の妻・杏奈は夫の様子がおかしいことに気付き、母親の桐江に相談する。やがて、マリアと姦通していることに気付いた杏奈が、自分を殺してくれとマリアに包丁を握らせる。
するとマリアは包丁で自らを傷つけ自殺を図る。その場にいた与羽はマリアを助けに向かうと、杏奈は屋上から投身自殺した。以来、桐江はマリアを悪魔だと毛嫌いしていた。
与羽は尽果に死のうと思って訪れていた。なのでマリアは一緒にバスに乗り、ずっと生きるよう説得し続けていた。
ようやく戻って来たマリアは、桐江の容態が悪いことを紫紋から聞く。そして自分の犯した罪を改めて桐江に詫びるマリアだが、桐江はとうに許していたが、許したらマリアがこの地から去ってしまうと思っていえなかったと話す。
桐江の死後、マリアは茫洋としていた。紫紋が店に戻ってくるよう勧め、マリアは再び店に立つ。桐江の墓参りをした後、紫紋の携帯の電波がようやく入り、母が自分を心配している声を聞く。紫紋はマリアに助けてもらった礼を言った後、母のもとへ帰った。
母の死を願う
貴洋は震える声で「母を殺した」と告白する。彼はかつて学校でいじめを受け、次第に引きこもるようになっていった。
10日前のこと。いつものように母・由美(中島ひろ子)が「仕事に行ってくるね」と声をかけたが、貴洋は無言で返さなかった。その直後、掲示板に「そんなことより母ちゃんウザい」と書き込み、すると「お前の母ちゃん殺してやろうか?」というレスがつく。冗談半分に「おう、頼むぜ、殺してくれ」と応じると、盛り上がる掲示板の中に「殺して欲しいならここに振り込め」と銀行口座が書き込まれた。
貴洋はその口座に母親が振り込んでくれるよう、「これを振り込まないと、またいじめられる」と書いたメモをドアの隙間に差し込んだ。母はそれを読んで「振り込んでおくからね」とドア越しに声をかけ、そのまま仕事へ出かけていった。
夜になって誰かが帰ってきた音がしたが、何事もなく終わったことに苛立ち、「殺せてねーじゃん、馬鹿」と掲示板に書き込む。だが翌朝、部屋を出ると、居間で母が倒れていた。
慌てて救急車を呼ぼうとするも、あの掲示板のやりとりが脳裏に浮かび、「もし本当にあいつがやったのだとしたら、自分が殺したのも同然だ」と思い、恐怖と罪悪感から逃げ出してしまう。そのまま無我夢中で逃げ続け、行き倒れた先が尽果だった。
「母はずっと、俺が部屋から出るのを待ってたと思うのに…俺なんか、生きる資格なんかない」と嘆く貴洋。そんな貴洋に、マリアは「大丈夫。大丈夫だから…」と優しく語りかける。「お母さんはね、きっかけを作ったのよ。あなたは過ちを犯した。でもね、今あなたはこうして部屋から出て、ここにいる。お母さんはあなたが外の世界を知るきっかけをくれたのよ」
貴洋は母を思いながら、何度も「ごめんなさい」と繰り返し、涙を流した。マリアはそんな彼を、そっと抱きしめてあげた。
貴洋の救い
翌朝、克夫がみかんを持って紫紋たちのもとを訪れる。「命の恩人にお礼を言わなければな」と語り、貴洋を連れて、治療費を支払ってくれた人物の元へ向かうことにする。同行した紫紋とともに頭を下げた相手は――女将だった。
女将は、貴洋に「それより、お母さんは生きている。家に帰りなさい」と言う。克夫は「殺人犯かもしれない人に治療費を建て替えることはできないから」と話し、密かに調べていたのだ。
その結果、あの日、貴洋が119番にかけたおかげで救急隊が駆けつけ、命が助かったことが判明する。何度かけても電話に出なかったことで逆信され、隊員が駆けつけたのだという。母は疲労が重なり、複数の薬を一度に飲んでしまったことが原因で倒れたのだった。
克夫は「電話を使ってかければいい」と言い、貴洋はみんなが見守る中、電話をかける。応答した母に、貴洋は何度も「ごめんなさい」と謝った。
「帰ったら警察に行って、全部話します」と貴洋は決意を口にする。バス停にはマリアと紫紋が見送りに来ていた。マリアは「全部終わったら、お母さんのそばにいてあげて」と優しく声をかける。貴洋はうなずき、「二人に出会えて本当によかった」と感謝を伝える。そして紫紋に向かって、「マリアさんのそばにいてあげてください。二人はお似合いだと思います」と笑顔で言う。
バスが到着し、別れの時。紫紋は「この先、どんなつらいことがあっても、生きていこうな」と声をかけ、拳を差し出す。貴洋はその拳に、力強く拳を合わせた。
消えたマリア
紫紋はふと、「マリアのお気に入りの場所はどこにあるのか」と思い出し、彼女に尋ねた。マリアが案内したのは、広く開けた海辺。雲間から差す光がまるで神の降臨を告げるような、美しく神秘的な場所だった。
「紫紋くんのお母さんも、心配してるんじゃない?」とマリアが問うと、紫紋は「そんなことない」と否定する。それに対してマリアは、「似てるよね、あなたと私」とつぶやいた。紫紋が「マリアさんには待っている人はいないんですか?」と尋ねると、彼女は「誰もいないね」と笑って答えた。
ある日、克夫がキンキを持ってやってきた。「マリアの誕生日だ」と告げる。紫紋はそのキンキの煮付けを作り、女将に届ける。最初は喜んで受け取っていた女将だったが、「明日はマリアさんの誕生日なんです」と伝えると、急に態度を変え「いらない」と返す。「マリアさんはいつも女将さんのことを気にかけている」と紫紋が言っても、「そんなのは全部嘘だ」と突き放し、咳き込んだ。
その日の午後、店の近くに見知らぬ男が立っていた。紫紋が「何か困りごとですか?」と声をかけると、その男・与羽誠一(斉藤陽一郎)はここが尽果かを確認し、「私なら大丈夫ですので」と立ち去ろうとしたが、紫紋は「よければ店に来ませんか」と誘う。
店にマリアの姿はなく、紫紋は代わりにお茶を出す。そのとき、与羽の首元にマリアと同じ傷跡があるのを目にした紫紋は驚いた。店を出た彼の後を追った。
バス停で待っている与羽、向こうからマリアが現れた。彼女は与羽を見るなり駆け寄り、無言で彼に抱きついた。その様子を見た紫紋は、胸の内に戸惑いと不安を抱える。やがてバスが来ると、マリアと与羽はそのまま乗っていった。
夜になってもマリアは帰ってこなかった。紫紋は一人で店を切り盛りし、閉店時間を迎えても彼女は戻らないままだった。克夫に「誰か来なかったか」と尋ねられた紫紋は、見たままのこと、そして傷のことも含めて話す。克夫は深く頭を抱え、「とうとう、この日がやって来たんやなあ…」とつぶやいた。
紫紋は抑えきれず、「マリアさんに何があったのか、教えてください」と強く願った。
マリアの罪
20年前――マリアが高校生だった頃。
ある日、自宅に戻ると、母・希和美(馬渕英里何)が男を連れて帰ってきた。その男・田中伸三(六角慎司)は、後日マリアが帰宅した際、勝手に家に上がり込んでいた。鍵は開いており、田中は部屋の中で待ち構えていた。背後から迫るように近づき、「お母さんには絶対内緒だからね」と囁きながら、マリアの体に触れてきた。
恐怖と嫌悪に沈む中、マリアは学校で一人、泣いていた。その様子を、心配そうに見つめていたのが、担任教師の与羽だった。
しばらくして、マリアの自宅を与羽が訪ねてくる。「最近、学校に来ないけど、どうしたんだ?」と、心から気にかけてくれていた。与羽は「自分のことで精一杯になっていいんだ。先生は待ってるからな」と優しく声をかけ、その日は帰っていった。
また別の日、与羽は本を手に再び訪ねてくる。二人は公園で本の話をしながら時間を過ごす。与羽が「どんな本が好きなんだ?」と聞くと、マリアは「みんなが読むラノベとかは苦手」と答えた。先生は「話が合いそうだな。もっと本を持ってこようか」と笑った。
その日から、与羽はたびたび本を持って訪れ、マリアはそれを返しに行くという交流が続いた。マリアは感謝の気持ちを込めて、手作りのクッキーを与羽に渡した。与羽は嬉しそうにそれを受け取り、二人は徐々に距離を縮めていった。
やがてマリアは、さらに一歩踏み込んで、お礼にお弁当を作って渡した。与羽は「美味しい」と笑い、マリアも少し照れながら笑った。
ある日、与羽は『まぐだら伝説』の絵本をマリアに手渡す。妻の実家が尽果という場所にあるという。読んだマリアは後日、与羽を呼び出し、「尽果に行きたい。今すぐ行きたい。連れていって」と頼んだ。「行ったら何かが変わる気がするんです。お願いします」と強く訴えた。
「どうしても先生と行きたい」と涙ながらに訴えるマリア。しかしその時、田中が現れ、強引にマリアを連れ戻そうとする。与羽が間に入って止めようとするが、田中に殴られ、ぼこぼこにされてしまう。連れ帰られたマリアは、そのまま田中に犯された。
深夜、母と田中が眠っている隙を見計らって、マリアは家を抜け出す。そして与羽に会いに行き、涙を浮かべながら抱きつき、「先生、私…」と震える声で言い、彼にキスをした。
許されざる重罪
紫紋は克夫の語る話に衝撃を受け、「信じられない。そんな馬鹿げた作り話があるか」と否定し、誰から聞いたのかと問い詰める。克夫は、女将から聞いたのだと答える。女将がマリアを「悪魔」と呼んだ理由は、マリアが“あの男”――与羽を奪ったからだという。そして、その後に「恐ろしいことが起きた。男とその家族を巻き込んだ、取り返しのつかないことが」と克夫は重く語った。
「今日も遅くなる」と言い残して家を出た与羽。妻の杏奈(前田亜季)は不安を抱き、自分の母である桐江に相談する。「私、探偵に調査を頼んでる。誰と、何をしてるのかはっきりさせたい」と話しながら、「あの人がいないと私は生きていけない」と嘆く妻。
ある日、マリアのもとを妻が訪ねてくる。「話したいことがある」と言い、なぜか二人は屋上へ上がる。そこへ、与羽も現れた。
突然、妻は包丁を取り出し、マリアの手を強く握る。そしてその手に包丁を握らせ、「そのまま私を殺して、夫とどこでも好きなところへ行けばいい」と迫る。マリアは恐怖と混乱の中で「ごめんなさい」と何度も謝る。
その場に桐江も駆けつけ、与羽が二人の間に割って入る。その瞬間、マリアは持っていた包丁で自らの首を切ってしまう。与羽は慌てて救急に電話をかける。その光景を見た妻は、絶望の末に屋上から飛び降りた。
マリアは一命を取り留め、病院のベッドで目を覚ます。そこにいた母は、「馬鹿なことをしてくれたもんだね。飛び降りた女は助からなかったそうだよ」と冷たく告げる。さらに「教師のほうもクビだってさ。あんたのせいで田中もいなくなったし、街も出ていかないといけなくなった」と語る。
そして最後にこう言い残す。「そういうことだから、これからは一人で生きていきな。あんたも一人前の女なんだから、なんとかしな」と。その言葉を残して、母は病室から出ていった。
尽き果ての地
12年前――マリアは一人、尽果の地を訪れた。向かったのは女将の家。立浪が対応に出て「確認してくるから、中で待っていて」と促すが、女将はマリアの姿を見るなり激しく怒り、「何しに来た」と言い放つ。マリアは「申し訳ありませんでした」とひたすら謝るが、女将は容赦なく彼女を家から追い出した。
行くあてもなくさまよう中、マリアの目に映ったのは封鎖された一軒の店──まぐだら屋だった。店の外で座り込んでいると、そこへ克夫が通りかかる。家に連れて帰ると、家族は驚く。亡くなった娘と、マリアはちょうど同じくらいの年齢だった。
それからマリアは尽果に残り続ける。克夫と立浪が間に入り、病気で休業していた女将に代わりまぐだら屋を任される形となった。
マリアは日々女将に食事を運ぶが、女将は箸をつけることなくマリアを追い返し続けた。ほとんど給料も受け取らず、村から一歩も出ずに、マリアは店を切り盛りしながら、女将の世話をし続けた。
当初は村の人々もマリアを怪しんでいたが、彼女の真摯な態度に次第に心を開いていった。「自分の命が尽きるまで、尽き果てても、この地を離れない」マリアはそう言って、この地に残る決意を固めていた。
克夫の話を聞き終えた紫紋は、静かに、しかし確信を持って言った。「マリアさんは……戻ってきます。マリアさんが女将さんに何も言わずに、去るはずがありません。戻ってくるまで、僕が店を守ります」と。
その頃、マリアは与羽と喫茶店にいた。「もう、死ぬなんて言わないでくださいね」とマリアは穏やかに語りかける。与羽は微笑みながら、「皮肉なもんだよね。死のうと思った尽果で、君に会うなんて」と返す。
マリアは静かに、しかしはっきりと言った。「私、ずっと尽果にいれば、いつか先生が来てくれるかもしれないって……そう思ってました」
罪と向き合う
紫紋は相変わらず、ひとりでまぐだら屋を切り盛りしていた。マリアが不在のまま、一ヶ月が経っていた。毎日のように女将の家にも食事を届け続けていたある日、立浪医師と鉢合わせる。先生は「体調が悪化している。そろそろ覚悟をしておいてください」と告げる。そして「マリアさんはまだ戻らないのか? どうにか連絡はとれないか?」と心配そうに尋ねた。
その日、紫紋は病床の女将のもとに腰を下ろし、そっと語り始める。「自分が尽果に来た理由は、取り返しのつかないことをしたからです。これからどうしていいかも、正直まだよく分かってません。でも、女将さんや克夫さん、マリアさん、そして尽果の人たちを見ていると、みんな何かしら抱えて生きているんだなって思うんです」と。
続けて「……なんていうか、一人だけど、一人じゃないんだって。そう思えるようになったんです。だから、もう“死ぬ”なんて言わず、これからはちゃんと罪と向き合って生きていこうって、今はそう思えてます」そして、マリアの話も聞いたことを打ち明ける。
「僕がどうこう言える立場ではないのは分かっています。でも、もしマリアさんが戻ってきたら……そのときは、女将さん、ちゃんと向き合ってくれませんか?」女将は目を閉じたまま、「……あの男が来たろうが。なら、あいつはもう、帰ってくりゃあせん」ぽつりとつぶやく。
それでも紫紋は、静かに、しかしはっきりと「いいえ、マリアさんは必ず帰ってきます」と答えた。女将はその言葉には答えず、ただ「……仕事に戻れ」とだけ促した。紫紋は黙って立ち上がり、店へと戻っていった。
二人の懺悔
与羽は教会で子どもたちに本を読み聞かせていた。併設された児童養護施設のスタッフは、「戻ってきてくれて本当に嬉しい」と喜びの言葉をかけた。
その日、マリアは与羽の部屋を訪ねる。そこは殺風景で、わずかな家具と本だけが置かれていた。部屋の片隅には、かつて与羽がマリアに渡した『まぐだら伝説』の絵本があった。マリアはそれを見つけ、「たまに読み返しているんです」と語る。
「……あの時は分からなかったけど、これは無償の愛の物語だったんですね」マリアは静かに言葉を続ける。「私は先生から無償の愛をもらった。でも、私はそれを壊してしまった」
与羽は首を振るように語り出す。「違うよ。あの男と出会って、僕の中にあったのは嫉妬と、君を独占したいという愚かな欲望だった。……俺は妻を追い詰め、君を不幸にした。それが事実だ」さらに与羽は、妻が亡くなった後も、マリアとのつながりを求め、自ら首を切りつけた過去を打ち明ける。
「馬鹿げてるだろ? だから、あれは無償の愛なんかじゃない。……君の人生を壊してしまった。本当に、すまなかった」頭を下げた与羽に対し、マリアは静かに告白する。「先生を好きになってしまったのは、私のほうです。先生とずっと一緒にいたいと思ってしまったのは、私なんです」と。
「先生からも、罪からも逃げて、今まで生きてきました。私だって、弱くてどうしようもない人間です。でも……私は生きていたい。たとえ許されなくても、私はあそこで……尽果で、生きていたいんです」マリアは最後に、まっすぐに与羽を見つめながら言った。「先生も、生きてください。生きなきゃだめなんです」そう言ってマリアは立ち上がり、部屋を出ていった。
そのまま台所に立ち、静かに食事を作り始める。与羽はその様子を黙って見つめていた。できあがったのは、サバの竜田揚げだった。それはかつて、マリアが高校時代に作って渡した弁当の中に入っていた、二人にとっての思い出の味だった。
与羽は一口食べると、こみ上げる感情を抑えきれず、すすり泣いた。そして小さな声で「ありがとう」と告げた。
許しの時
女将の命が、いよいよ尽きようとしていた――外では雪が降り始め、静かに積もりはじめた頃、尽果のバス停に一台のバスが到着する。その中から現れたのは、ひと月ぶりに戻ってきたマリアだった。
紫紋は彼女の姿を見つけ、安堵の表情を浮かべながら「遅いですよ、もう……」と少し照れたように笑った。マリアは静かに頷いた。紫紋は「昔のことを……聞きました」と告げると、「今すぐ行かないといけないところがある。女将さんが急に具合が悪くなった」と続けた。
紫紋は、バスに乗るマリアを見たときのことを思い出し、「あの人はあなたを連れ出すために来たんですか?」と尋ねる。マリアは首を振り、「違います。あの人は命を断つために来たんです。一ヶ月間、死んじゃ駄目、生きてって説得してました」と語った。
そして「彼と話して、自分も間違っていたと気づきました。ここで女将さんの世話をして、まぐだら屋を守ることが、自分の償いだと思い込んでた。でも、それは罪から逃げてただけだった。許されるわけなんて、ないのに……」と懺悔する。
マリアは、ふと立ち止まり、「女将さんは、私の顔なんて見たくないのではないか」と不安を口にする。紫紋は彼女の手をそっと握り、「会いたいんですよね? 大丈夫ですよ」と優しく言い、その手を引いて女将の部屋へと向かった。
家には克夫や立浪医師も来ていた。静かな時間の中、マリアは襖越しに女将と対面する。紫紋が「マリアさんが来ました」と静かに告げて襖を開けると、マリアは女将のそばに歩み寄り、深く頭を下げて「勝手に店を開けてしまって……申し訳ありませんでした」と謝った。
掠れた声で、女将は「何しに来た」とだけ言う。マリアは震える声で答える。「私が犯した罪は、一生かけても償いきれません。でも……久しぶりに外に出て、気づいたんです。いつの間にか、尽果が、ここが、私にとってのふるさとになっていました。どうか……これからも私を、ここに……ここにいさせてください」と懇願する。
すると女将は布団の中から手を差し出す。その手をマリアが握ると、女将はそっとマリアを引き寄せた。マリアは泣きながら、「ごめんなさい……ごめんなさい」と繰り返す。
女将は弱々しくもはっきりとした声で語る。「謝らんでええ……あしは、お前のこと……とうに許しとる」そう言って、女将はマリアをそっと抱き寄せる。「すまなんだ……口に出したら、お前が……ここからおらんようになると思うたんだわ。……お前は……お前の……人生を、生きりゃええ……」そう言って、女将はマリアの背をやさしく叩いた。その様子をそっと見守っていた紫紋は、こらえきれず、涙を流した。
【まぐだら屋のマリア】後編の結末
マリアは、女将の死後もしばらく姿を見せなかった。まるで喪に服しているようだった。紫紋が「マリアさん、まだ来ないですね」とこぼすと、克夫は「十分悲しませてやればええ。それがマリアにとっちゃ一番の薬じゃけえの」と優しく諭した。
紫紋は克夫から借りた喪服を着て、女将の墓参りへ向かう。参ったあともマリアは「この先何してけばいいんだろうと、ずっと考えていた。女将さんに生かされていたんだなって」と語る。克夫は静かに言う。「それは、女将の方も同じだったんじゃろ」
その後、紫紋はマリアに「帰ってきませんか、まぐだら屋に。みんな待ってますよ」と声をかけた。マリアは微笑み、「そうだね、帰ろっか」と応じた。
店へ戻る途中、携帯の電波が入る。久しぶりに確認すると、母からの電話や留守電、メールが大量に届いていた。最も古いものは5ヶ月前のものだった。紫紋は一つずつ、古い順に再生していく。「帰っておいで……待ってるから。いつまでも待ってるよ」母の声に、胸が締めつけられた。
まぐだら屋に戻ったマリアと紫紋は、いつものように仕込みを始める。店は以前と変わらず繁盛していた。その夜、克夫が最後の客となる。送り出したあと、二人は片付けをしながら、穏やかに会話を交わした。
「最後に、ごはん作ってあげる。好きなもの作ってあげる。そしてあなたも帰らないとね……あなたのふるさとに」とマリア。「帰ります。母さんのところに。……これまで本当に、お世話になりました」紫紋は深く頭を下げた。二人は笑い合った。
その夜の“最後の晩餐”は、まぐだら定食だった。カウンターに並んで食べる二人。マリアは紫紋の横顔を見つめながら、「美味しいリアクション、これで見納めだね」と微笑む。紫紋は照れながらも「……あったかくて、本当に美味しい」と言葉をこぼした。
翌朝。紫紋は、来た時と同じ荷物を持ってバス停に立つ。「何も変わらないな」と言うと、マリアは「変わったよ。あなたも、私も」と優しく返す。バスがやってくると「じゃあ……お元気で」と声をかける紫紋。
「まぐだら伝説を理不尽だって文句言ったけど……今はそう思わない。俺のこと、助けてくれてありがとうございました」と深く頭を下げると、マリアはそっと彼を抱きしめる。
「助けられたのは私の方よ。元気でね」と囁くマリア。紫紋は涙を流した。「何があっても……生きるのよ」 「マリアさんも」――紫紋はそう返し、バスに乗り込んだ。「こないだの」と言って、紫紋は運転手に100円を渡す。
雪が降り始める中、去っていくバスを、マリアは涙をこらえきれず見送った。そして、まぐだら屋へと帰っていく。そのころ、バスの中で紫紋は、海を見つめながら静かに過ごしていた。
まぐだら屋に戻ったマリアは、ふと目に留まったノートを開く。そこには、紫紋が残した手書きのレシピが綴られていた。
【まぐだら屋のマリア】のまとめと感想
過去に犯した罪から逃れてたどり着いた地で生きる希望を抱き、罪と向き合い再生していった人々の話でした。
罪といっても服役をしたような罪ではなく、自分のせいで誰かを失った人たちの話になります。それゆえに、生涯重い十字架を背負って生き続けなければなりません。
登場人物の名前がみな聖書にちなんだ名前になっており、知っている人なら話の展開も読めるかもしれません。
どの人物の話も重苦しく、どうすればよかったのかを考えさせられます。登場人物の演技も心揺さぶり、特に気に入ったシーンが2つあります。
1つ目は貴洋が橋の真ん中でひざをつき、宙に手を伸ばすシーンです。坂東さんの演技が印象深く、何度も見直してしまいました。
2つ目は岩下さん演じる女将が、マリアを許すシーンです。こちらは涙を誘ういいシーンです。方言と岩下さんが馴染んでいて、死の淵に瀕しても品格が伝わってきます。
出てくる食事はどれも美味しそうで、ある意味飯テロドラマです。『孤独のグルメ』というよりは、『深夜食堂』のようなドラマです。レシピを知りたい方は、公式HPのスタッフブログにて公開しています。
誰かが不幸になった時、自責するタイプの人だと見るのが辛いドラマかもしれません。しかし、自責しないタイプの人が見ても全く響かないドラマだと思います。