2025年3月29日にNHK BS4Kで放送された【まぐだら屋のマリア】のネタバレと感想をまとめています。
死を覚悟してやってきた最果ての地で行き倒れた男が、救ってくれた女性の働く定食屋「まぐだら屋」を手伝うことになる。しかし彼女は謎めいた過去がある人物で……。
【まぐだら屋のマリア】のキャストとスタッフ
\HP & 予告編を公開!/
— NHKドラマ (@nhk_dramas) March 25, 2025
特集ドラマ【#まぐだら屋のマリア】
3/29(土)BSP4K
夜9:00〜10:29<前編>
夜10:29~11:58<後編>
🔻HPhttps://t.co/0MzYfSOna5
原作 #原田マハ
脚本 #小寺和久
主題歌 #中島みゆき#尾野真千子 #藤原季節 #坂東龍汰 #岩下志麻 pic.twitter.com/mH7GTu5ot3
キャスト
主要人物
- 有馬りあ(ありま りあ)…尾野真千子(高校時代:川口真奈)
食堂『まぐだら屋』を切り盛りしている、マリアと呼ばれる女性 - 及川紫紋(おいかわ しもん)…藤原季節
東京の有名老舗料亭「銀華」で板前修行をしていたが、尽果にやってくる
「銀華」の人々
- 浅川悠太(あさかわ ゆうた)…坂東龍汰
不器用だが真っ直ぐな紫紋の後輩 - 早乙女晴香(さおとめ はるか)…大原梓
「銀華」で働く仲居。悠太の同期 - 湯田真(ゆだ まこと)…近藤公園
「銀華」の厨房を仕切る料理長 - 宮前登紀子(みやまえ ときこ)…増子倭文江
東京神楽坂の有名老舗料亭「銀華」を経営する女将
尽果の人々
- 丸狐貴洋(まるこ たかひろ)…坂東龍汰
悠太に顔が酷似している青年。「まぐだら屋」のそばで行き倒れていた - 立浪医師(たつなみ いし)…尾美としのり
尽果の開業医 - 住吉克夫(すみよし かつお)…田中隆三
尽果のベテラン漁師 - 桐江怜子(きりえ れいこ)…岩下志麻
尽果の名家・桐江家の女主人で、「まぐだら屋」のオーナー
その他
- 与羽誠一(よはね せいいち)…斉藤陽一郎
りあの高校時代の学級担任 - 与羽杏奈(よはね あんな)…前田亜季
誠一の妻 - 丸狐由美(まるこ ゆみ)…中島ひろ子
貴洋の母 - 有馬希和美(ありま きわみ)…馬渕英里何
りあの母。夜の仕事で生計を立てるシングルマザー - 田中伸三(たなか しんぞう)…六角慎司
希和美の内縁の夫 - 及川紘子(おいかわ ひろこ)…中嶋朋子
紫紋の母
スタッフ
- 原作:原田マハ「まぐだら屋のマリア」
- 脚本:小寺和久
- 音楽:河野伸
- 主題歌:中島みゆき「一樹」
- 演出:長崎俊一
- 制作統括:渋谷未来(The icon) 樋口俊一(NHK)
- プロデューサー:井上季子(The icon)
- 公式HP
【まぐだら屋のマリア】前編のネタバレ
老舗料亭で働いていた紫紋だが、同僚の悠太が亡くなったことを自責し、尽果へと死のうと思いやってくる。しかし、マリアに救われて店で働くことを願う。
店のオーナーである桐江の許可を得にマリアと行くが、女将はマリアを毛嫌いして追い返した。紫紋は何とか許可をもらい働くことになった。
亡くなった悠太そっくりの青年・貴洋が行き倒れていたのを見つけ、紫紋は自宅に泊めてあげた。
紫紋は悠太が話を聞いてくれないかと言っていたのを無視し、料亭の仲居である晴香の相談に乗っていた。2人が勤めている料亭の不正を告発したという。
世間が大騒ぎになり、晴香の身を案じた紫紋だが、そもそも悠太が晴香に言われてやったことだった。晴香は不倫関係にある料理長に捨てられた腹いせに、悠太を色仕掛けでたきつけた。そして今は紫紋を色仕掛けで繋ぎとめ、悠太と接触させずにいた。
その結果、悠太は留守電にメッセージを残し、投身自殺してしまう。紫紋はそのことを激しく自責した。
ある日、貴洋の姿が見えずに探しにいくと、彼は自殺を図っていた。紫紋がマリアと一緒に救い、一命を取り留めた貴洋は、母親を自分が殺したと告白した。
尽果に来た男
及川紫紋(藤原季節)はバス代が100円足りず、運転手に告げて尽果で下車する。死を考えた昨日の出来事を振り返り、「いなくなったほうがいい」という思いが死そのものだと気づく。住吉克夫(田中隆三)は魚を納めながら有馬りあ(尾野真千子)ことマリアに「また誰か来たようだ」と報告。紫紋は灯台のそばで「待たせて悪かったな、悠太」とつぶやき、靴を脱ぎ崖下の海を見つめる。
かつて紫紋は、女手ひとつで育ててくれた、母・紘子(中嶋朋子)を楽にしたい一心で東京の料亭を受けまくり、幸運にも日本一の料亭・銀華に合格する。叱られてばかりの浅川悠太(坂東龍汰)の世話を料理長の湯田真(近藤公園)に頼まれ、紫紋は教育係になる。悠太は不器用ながらも真っすぐで、優しい性格だった。
朝礼では仲居の早乙女晴香(大原梓)が女将の宮前登紀子(増子倭文江)に褒められていた。彼女は悠太の同期で、気になる女性だった。ある日、発注ミスの責任を問われた悠太は、自分のミスでないのに女将のもとへ謝罪に行かされる。怒り心頭の女将の対応は晴香が取りなした。紫紋は悠太のせいにされたことに納得がいかなかった。
悠太の両親は既に事故で他界しており、父は銀華で母にプロポーズし、以後も祝い事のたびに銀華を訪れていた。悠太は「いつか銀華で働いて、両親に“美味しい”と言ってもらうのが夢だった」と語る。
紫紋は「幼い頃に父を亡くし、母を早く楽にさせたかった。銀華は有名店だし、喜んでくれると思った」と店を選んだ理由を話す。そして「いつか東京で世界一うまいごはんを食べさせたい」と夢を語ると、悠太は「それを俺の夢にさせてもらってもいいですか」と言う。驚いた紫紋は「同じ夢目指して頑張るか」と拳を合わせた。
しかし、その小さな夢がかなうことはなかった。
救いの手
海風に混じって、どこからか包丁で野菜を切る音が聞こえる中、紫紋は膝をつき「ごめんな…」と謝りながら泣き崩れる。死ぬことすらできなかった。ふらふらと歩いてたどり着いたのは、まぐだら屋だった。
店に入るとマリアが「なにか食べる?」と声をかけてくれる。紫紋はカウンター席に座り、提供された食事を黙々と味わいながら、みるみるうちに食べ進め、ごはんのおかわりもする。だが現金を持っていないと伝えると、マリアはこの店では携帯の電波も届かず、電子マネーも使えないと答える。
困った紫紋は厨房に入り、洗い物を始める。ふとマリアの首筋に、刃物で切られたような古傷を見つける。「こういう仕事してたの?」とマリアにきかれ、「レストランでバイトしていた」と紫紋は嘘を答えると、マリアは「店を手伝ってみない?」と誘う。紫紋は「それでさっきの分になるなら」と手伝うことを決めた。
名前の由来
店内は大混雑していたが、紫紋は黙々と手伝いを続ける。そこにやってきた克夫が紫紋の姿を見て「マリアが助かる、よかったな」と声をかける。克夫はまぐだら定食を注文。客たちは食事を終えるとマリアに「ごちそうさま」と声をかけ、店を後にする。
営業終了後、マリアは紫紋の手際の良さに感心するが、紫紋は何かを隠すように言葉を濁す。マリアは無理に聞かず、「言いたくなったら、いつでも聞くよ」と優しく言う。名前を尋ねられた紫紋は、自ら名乗る。泊まる場所がないならうちに泊まればいい、その代わり夜の営業も手伝ってと、マリアは申し出た。
店の営業を終え、マリアの家へ。紫紋は振舞われたベトナム風コーヒーを飲んでいると、マリアが「美味しいにもいろんな形があるんだね」と美味しそうに飲む姿を見てつぶやく。紫紋が「マリアは本名?」ときくと、逆に「紫紋ってきれいな名前」と返した。
紫紋は名前の由来を語る。生まれたばかりの頃、母が子を抱いて窓の外を見せると、一面の野原に紫の野菊が咲いており、それを見た赤ん坊が泣き止んだ。そこから「紫」に紋様の「紋」を取って「紫紋」と名付けられた。マリアはその話を聞いて「優しいお母さんだね」と微笑む。
紫紋がマリアの話も聞かせてほしいと頼むと、マリアは「あだ名だよ」と答える。本名は「有馬りあ」で、逆から読んでも「有馬りあ」。親がそう名付けたという。マリアは続けて、自分は生まれたとき父はおらず、望まれて生まれた子ではなかったと語った。
まぐだらの意味
紫紋はふと部屋にある『まぐだら伝説』という絵本に目を留める。この地に伝わる古い伝説で、重い病にかかった姫を救おうとした召使の物語だった。召使は薬を探して旅に出るが、途中で海に落ちて命を落とす。しかし実はその召使こそ、姫の本当の母だった。姫はその事実を知らず、召使は正体を明かさずにただ必死に姫を助けようとした。
その深い母の愛に心を打たれた海の神が、召使の命をマグロとタラを合わせた海魚に移し、それが「まぐだら」となった──とマリアは語る。紫紋は「お姫様だけ幸せになったってのは、納得いかないな」とつぶやく。
この地には他にも不思議な伝説が残っており、命尽きかけた人々がなぜかここに引き寄せられるという。死にたいのか、生きたいのか、自分でもわからないままこの土地を訪れる。だからこの場所の名は「尽果」と呼ばれるようになった。マリアは、そういう人が今までも何人もやってきたと語る。
マリアは話題を変え、「野菊が咲いていたってことは、紫紋の田舎は都会ではないでしょ?」と微笑む。そして夜になり、紫紋は思い切って「しばらくここで働かせてもらえませんか」と頼み込む。料理人見習いをしていたため、多少は役に立てると話す。
マリアは「働いてもらえるのはありがたいけど、私の一存では決められない。女将さんの許可が必要」と言い、今から会いに行こうと促す。紫紋はその後に続いた。
女将の許し
マリアは紫紋に「これから言うことを守って」と念を押す。「何を言われても“わかりました”と答えること。向こうの言うことはすべて受け入れること。決して反発しない。“できません”“わかりません”は禁止。わかった?」と念を押したうえで、二人は女将の家へ向かう。そこは立派なお屋敷だった。
襖越しにマリアが伺いを立てると、返事の代わりに枕が飛んできて襖が倒れる。桐江怜子(岩下志麻)は布団に入ったままで、マリアは紫紋を残して水を汲みに出てしまう。「おまいも、あれに惑わされたんか?」と女将に問われ、紫紋は返答に戸惑う。水を持ってきたマリアは差し出すが、女将はそれを押し返してこぼす。マリアは「紫紋と話してみて」と言い残して帰ってしまう。
女将に水を持ってくるよう言われた紫紋は、マリアの言いつけ通り従う。キッチンには誰かが使った痕跡もなかった。薬を飲んだ女将に「おまいも有馬を追っかけてきなはったのか」と問われ、紫紋は一度否定しかけるが、マリアの助言を思い出し肯定する。
女将に「夕食は食べたか?」と聞いた紫紋は「10分頂きます」と告げて、冷蔵庫の食材を使い調理を始める。手際よく、鮭とえのきのホイル焼き、大根の味噌汁、浅漬を用意した。女将は黙って食べている間、紫紋はふと写真立ての女性に目をとめる。
食べ終えた女将は「ありがとうござんした」と言い、紫紋が味の感想を尋ねると「こがなごっつぉうを食べれるんやったら、白いおまんま炊いとくんやったわ」と述べる。
その後、女将は「店で雇ってもいい。ただし一つだけ条件がある」と告げる。それは「決してあれに惚れぬこと。それだけやがな」とのこと。「あれ」とはマリアを指しているのかと尋ねる紫紋に、女将は「あの女は聖母なんかやない。悪魔やけ。あがな悪魔に惚れるやない。それが条件や。お前とあしとの約束や」と強く言い切る。
紫紋は「分かりました。よろしくお願いします」と頭を下げた。
マリアの家に戻った紫紋は、無事に雇ってもらえたと報告する。マリアは安心し、「よかった。住むとこ探さないとね」と笑った。
生き写し
2週間後、紫紋はまぐだら屋の仕事に加え、克夫の手伝いもするようになり、仕入れた魚を一緒に運んでいた。ある日、店の脇に倒れている人を克夫が見つけ、紫紋とともに店内へ運び入れる。克夫は「今晩泊めてやれ」と言い、マリアも「歳も近そうだから話を聞いてあげて」と言う。紫紋は戸惑いながらも、ふたりの言葉に従った。そして声をかけてその顔を見ると、それは悠太に瓜二つの男だった。
2か月前――悠太は手の怪我が原因で盛り付けが遅く、紫紋は「気にするな」と声をかけた。休憩中、体調が悪いなら帰ったらと勧めると、悠太は逃げるようにその場を去った。
その後、晴香が紫紋の元に現れ、「次の休みに話したいことがあるから、二人きりで会えないか」と誘う。紫紋はどこか期待を抱き、指定された店に向かう。すでに店内にいた晴香に「話って?」と尋ねると、「どうしよう、大変なことしちゃった…」と切り出される。
晴香は、銀華が産地偽装や賞味期限の改ざんをしている、という内部告発のメールを保健所に送ったと告白する。紫紋は「なにかの間違いじゃないか」と動揺するが、晴香は「料理長から聞いた」と言い、さらに湯田と不倫していたことも明かす。
働いていておかしいと思ったことはなかったかと問い、例に出したのはカニの件。料理の使い回しを前提に、わざと少ない数しか発注していなかったという。そして、それに気づいた悠太に罪を、なすりつけたのだと打ち明ける。急遽手配できたという話も嘘で、そう言うよう指示されていた。女将もこの不正を黙認していた可能性があり、仕入れコストを下げろと常に圧をかけていたと話す。
「なぜ告発を?」と問う紫紋に、晴香は「捨てられたから」と答える。湯田が「妻と別れる」と言いながら別れず、裏切られた怒りでやったのだという。だが冷静になってから自分の行為の重大さに気づき、「もう生きていけない」と口にする晴香。紫紋は彼女の手を握りしめ、「死ぬな。こんなことで死んだら絶対ダメだ。頼むから変な気起こさないで」と必死に諭した。
紫紋の罪
紫紋はある日、厨房での不自然な様子に気づく。悠太が「ちょっと話が」と声をかけてくるが、「待って」と返し、目をそらさずに見続ける。すると、晴香が下げた椀を料理長が、そのまま他の客へ回すのを目撃した。その後、紫紋は悠太に「なんだっけ?」と声をかけるが、悠太は「大丈夫です」とだけ言い、何も語らなかった。
その後、銀華での不正――料理の使い回し、産地偽装、賞味期限の改ざんなどがマスコミにリークされ、問題が表面化。女将は一転して自らの関与を否定し、全責任を板場に押しつけた。
紫紋は晴香に電話し、「落ち着いて」とだけ伝えて彼女の家に向かう途中、タクシーの中で悠太から着信を受ける。悠太は「銀華はどうなるんでしょう」と不安を口にし、「今から会ってくれませんか?話したいことがある」と申し出るが、晴香からの着信が入り、紫紋は「今日は無理だ」と言って悠太の電話を切ってしまう。
晴香の家に到着後、再び悠太から電話が入る。「少しでいいから時間をください」と訴えるが、困惑する紫紋に晴香が「及川さん」と声をかけて抱きついてくる。それを電話越しに聞いた悠太はショックを受ける。紫紋は電話を無視して切り、再びかかってきた電話も、晴香と抱き合いキスを交わしながら無視した。
その後も電話は鳴り続け、留守電が残された。「聞いてください」とのメッセージに、紫紋はスピーカーにして晴香とともに耳を傾ける。留守電の内容は悠太の告白だった。
内部告発をしたのは自分であり、すべて晴香から聞いたこと、そして自分が晴香と交際していたことを明かす。料理長に騙されたと晴香に頼まれ、助けたい一心で銀華の不正をメールで通報した。そして、最後には「2人で電車に飛び込んで死のう」と約束したが、晴香は現れなかった。振られたのだと思ったという。
「悪いのは自分。店が潰れるよう仕向けてしまった。許せなかった。自分のことなら耐えられたが、母さんと父さんとの思い出をバカにされた気がして、どうしても許せなかった」と憤る。そして「俺たちの夢、叶えられなくてごめんなさい。いつかお母さんに、うまい料理を食べさせてやってください。これまで、本当にありがとうございました。さようなら」と残し、悠太はそのまま電車に身を投げた。
「なんだよ…何がどうなってるんだよ…!」と晴香に詰め寄る紫紋。しかし、晴香は「ごめんなさい…ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。
知らない番号からの着信を見て、紫紋が折り返してみると渋谷南警察署だった。悠太の死を知らせる電話だった。SNSでは、悠太の写真や住所がさらされ、さらに晴香自身の個人情報までもが流出していた。
紫紋は涙を流しながら警察署へ向かい、遺体安置室に案内される。警官は遺体の手だけを見せた。指の怪我を見た瞬間、それが悠太だと確信する紫紋。「もう少しだけ見せてください」と懇願するが、警官は制止した。「悠太じゃない…悠太じゃない…」と叫びながら、紫紋はその場で泣き崩れた。
引きこもりの青年
冬の海を眺めながら、紫紋は過去の出来事を思い出していた。そんな彼にマリアは、「お店のことは遅れてもいいから、あの子のことを優先してあげて」と声をかける。
紫紋は一度自宅に戻り、助けた青年・丸狐貴洋(坂東龍汰)に「仕事に行くから、ゆっくりしてていいよ」と伝えるが、貴洋は「泥棒かもしれないのに、いいのか?」と問い返す。紫紋は「全部借り物だし」と答え、スマホの電波も届かない場所だと教える。そして一度出た後、すぐに戻ってきて「なあ、死ぬなよ。生きろよ」と真っ直ぐに告げる。貴洋は無言でうなずいた。
その後、紫紋は女将への料理の配達に向かい、途中で立浪医師(尾美としのり)と出会い挨拶を交わす。女将の体調を尋ねると、表面上は元気そうにしているが、実際の容体は良くないと聞かされる。持参した料理を温めて皿に盛り、「マリアも一緒に作った」と伝えると、女将は箸を置く。
紫紋が「なぜそこまで嫌っているのか」と問うと、女将は「あいつは悪魔だから」と即答する。紫紋が「そうは見えない」と言うと、「やっぱりあいつ目当てか」と言われ、「約束を忘れていないなら、ここではあいつの名前を出すな」と強く言い放たれる。
店に戻った紫紋は、女将の様子についてマリアに聞かれ、「いつも通り元気そうだった」と答えるが、立浪から「芳しくない」と言われたことも伝える。マリアは貴洋の分の料理を弁当に詰め、「これを持って行って」と頼む。
貴洋のもとへ弁当を持っていくと、彼は驚くほどの勢いで食べ始める。「ここ何日かまともなものを食べていなかった」と話し、丸4年間、3食すべてカップ麺ばかりだったため、体が普通の食事を受けつけなくなっていたという。引きこもりの生活を送っていた貴洋は、ご飯を食べると子どもの頃に母から教わったことを思い出すと言う。
「ごはん一粒には七人の神様がおわす。一粒でも残したら罰が当たるぞ」母のそんな教えを思い出す一方で、「茶碗一杯に何千人もの神様がいると思うと怖くなって、カップ麺しか食べられなくなった」と語る。
あと二週間で二十歳になるという貴洋に、紫紋が「兄弟はいるのか」と問うと、「いない」と答える。そして「母親に連絡しなくていいのか」と尋ねると、「最近死んじゃったんで」と静かに明かす。
夜、眠る貴洋の姿を、紫紋は改めて見つめていた。
【まぐだら屋のマリア】前編の結末
克夫が魚を届けに店にやってきたが、膝を悪くしている様子だった。マリアが尽果に来てから10年、克夫は毎日欠かさず通っていたという。マリアは東京出身だが、長年この地で生きてきた。
克夫は「貴洋はどうしている?」と紫紋に尋ね、紫紋が「家にいる」と答えると、「今度どこかに連れ出してやったらどうだ」と提案する。マリアにはお気に入りの場所があり、「今日、貴洋を誘って行ってみよう」と言う。
マリアと共に自宅へ戻ると、玄関のドアが開いていた。中に貴洋の姿はなく、嫌な予感に駆られた紫紋は急いで海へ向かう。マリアも同行し、ふたりで探しに出る。川辺に着くと、どこからか鼻歌が聞こえた。
橋の中央に、膝をついて座り込んでいる貴洋の姿があった。紫紋が「心配しただろ」と声をかけると、貴洋は「歌…探しに来たんです。子どもの頃、母ちゃんが教えてくれた歌を…」と答える。その手からは血が流れ、足元にはカッターナイフが落ちていた。
貴洋は血に濡れた手を空に掲げ、そのまま崩れ落ちる。紫紋はすぐさま貴洋を背負い、マリアは傷を押さえながら走った。ふたりで必死に医者のもとへ向かい、紫紋は走りながら悠太との日々を思い出す。胸を締めつけられるような思いの中、ただ一心に走り続けた。
立浪先生が緊急処置を行い、手には7針も縫う傷があった。貴洋は紫紋の家で目を覚まし、謝罪するが、紫紋は「いいから、それより腹減ってないか」と声をかけ、おかゆを作る。貴洋はそれをゆっくりと味わった。
食事を終えた後、改めて「ごめんなさい」と謝る貴洋に、紫紋は「無事でよかった」と静かに答える。続けて「話したくなかったらいいけど、なにかあったのか?」と問いかけ、マリアも「話したくなったら、いつでも聞くよ」と優しく添える。
そして貴洋はついに口を開く。「実は……殺したんです。俺が殺したんです。俺の母ちゃんを」──と、震える声で告白した。