第4話「ああ祖国よ」
宣戦布告
朝、電話が鳴り響いた。私(尾上松也)が寝ぼけたまま受話器を取ると、上役(津田寛治)の怒鳴り声が飛び込んできた。「おい、起きろ。戦争だ!」
「どんな戦争ですか?」半分夢の中で問い返すと、上役は声を荒げた。「本物の戦争だ! 我が国に宣戦布告が出たんだ!」
冗談だろうと思い、再び布団に潜ろうとしたが、次の一言で完全に目が覚めた。「パギジア国が宣戦布告したんだよ!」
パギジア国? どこかで聞いたような名前だが、何も思い出せない。上役は続けた。「彼らがここに到着するまでには40日かかるらしい。去年までバラエティー番組にいた君の瞬発力が必要だ」
頭が真っ白になる。どう考えても現実離れした話だ。しかし、上役の口調から冗談ではないと悟った。
パギジア国は独立したばかりで、我が国にはまだ在外公館がないという。宣戦布告の文書をどこに持っていけばいいか、パギジアの使者は外国人旅行者に尋ね回っていたという話だ。それを耳にしたとある国の旅行者が、我が国の当局に知らせてきたのだ。
「この報道で他局を出し抜かないとならん!」
パギジアに詳しい人物は国内でたった一人、小さな会社の営業マン(加治将樹)だった。彼は仕事で一度だけパギジアを訪れた経験があるという。
パギジア連合艦隊と同じ型の船と言って見せられたのは、どこにでもある漁船のような小さな船だった。
「その素材で夕方までに30分番組を作れ!」
すぐに取り掛かると了承しつつも、内心ではあり得ないと思っていた。アナウンサーも念のため確認した。「これ、本当なんですか?」
緊急特別報道番組が放送された。画面には「パギジア国が我が国に宣戦布告」と大きく表示され、漁船のような船のCG映像が流れた。
「政府としてはどうするのか?」と記者が問うと、政府高官は無表情で「善処します」とだけ答えた。
営業マンもテレビに出演し話す。速報で「到着は40日後と予想されます」と話した。
放送後、テレビ局には電話が殺到した。「本当なんですか?」という問いには「はい」と答え、「この後どうなるんですか?」という問いには「今後のニュースと明日のこの番組をどうぞ」と返すよう私は命じた。
電話対応の合間、私は胸を張った。「完全に他局に差をつけた!」私の顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
平和ボケ
首相官邸に赴き、記者たちは首相に直接話を聞こうと詰め寄った。しかし、返ってくるのは「慎重に検討を重ねております」という決まり文句ばかりだった。内容のない答えが続くたびに、私は苛立ちを隠せなかった。
「似たような言葉の繰り返しだな…」
もやもやとした思いが胸に広がる。首相の態度に不満を抱きながらも、何かを掴もうと必死だった。すると上役が肩を叩いて笑った。
「そのもやもやが残るところがいいんだよ。視聴者も割り切れないから番組を見続けるってわけさ」
それは真理かもしれなかった。
しかし、宣戦布告の理由は相変わらず謎のままだ。専門家と呼べる人物もおらず、まともな議論すら成立しない。政府からの公式なコメントもないまま、状況は停滞していた。
「何か新しい企画を考えろ」
上役の一言が飛んだ。私はうなずき、頭を抱えた。
そんな中、「政府と与党による陰謀説」を主張する者が現れた。番組内の「あなたの説を教えてください」のコーナーは瞬く間に人気を集め、視聴者から次々と突飛な仮説が投稿された。
「次は何が出てくる?」
スタッフは笑いながらも真剣に選考を進めた。最終的に後日正解とわかったのは、「クルーズ船でパギジア連合艦隊の航路を辿るツアーが当たる」というコーナーだった。
しかし、ある投稿が現場に緊張を走らせた。
“ずばり真相:テレビ局のマッチポンプ説。視聴率確保のため、戦争状態をメディアが自作自演している!”
「こんなの紹介できるか!」
上役は激怒し、即座に検閲で没と命じた。しかし、真相を求める視聴者の期待と、情報を操るメディアの本質が、私の胸の中で重く響いていた。
女性士官登場
「実はまた特ダネを仕入れた。これから海外に行けるか?」
上役の突然の命令に、男は驚きながらも準備を始めた。行き先はハナモコシ王国。そこにパギジア連合艦隊が寄港しているという。
到着すると、確かに艦隊らしき船影が見えた。しかし、近づくや否や武装した兵士たちが現れ、銃口を向けてきた。慌てて同行した営業マンに通訳を頼んだが、彼は実は現地の言葉が話せなかった。
「ストップ!」
緊迫した空気を切り裂くように、女性士官が鋭い声を上げて現れた。
「なぜ宣戦布告をしたのか?」私は勇気を振り絞って問いかけた。
「あなたたちの国の解放のためだ」
「何から我が国を解放するんですか?」
彼女は肩をすくめて答えた。「戦争の時にどこの国も使う言葉でしょう?つまり、こちらの都合のいい状態にするといった意味よ」
私はさらに踏み込んだ。「理想の男性のタイプは?」
彼女は笑って答えた。「誠実で生活力のある方。でも今は仕事が優先ね」
彼女の名はガボア・ポキン(Fenix D’Joan)。パギジア海軍所属の士官で、国内では「パギジアのジャンヌ・ダルク」と呼ばれていた。
最後にカメラに向かって毅然とした声で言った。「国民へのメッセージ? 無益な抵抗はやめよ。両手を上げて出てきなさい」
別れ際、彼女は静かに言った。「戦場で会いましょう」
帰国後、男は社内で称賛の嵐を受けた。しかし、敵国を美化するとは何事かという批判の声も上がるのではないかと恐れていた。
「パギジアを敵と称すると、交戦状態を認めたことになる。そうすればさらにクレームが来る」だから敵と認められないのだ。
その後、日本からパギジアへの志願兵が現れたというニュースが飛び込んできた。政府筋からもさすがに圧力がかかるが、番組のスポンサーの政治献金の有力筋だった。結果的に2つが均衡して、番組に圧力は及ばなかった。
「視聴率こそ、民衆の圧力だ」と上役は笑った。
迫る日
街には「ガボアスタイル」と称される真っ白な海軍士官服を身にまとった女性たちがあふれていた。その光景を目にし、私は呆れたように思わずつぶやいた。
「いったいみんな、どんな気分なんだ?」
上役は肩をすくめて笑った。「面白いに決まってるだろう?未知への期待、特等席での混乱見物、そして安心感。いよいよとなれば誰かがうまくまとめてくれる。今までだって、すべてそうだったじゃないか」
「黙って楽しめばいいんだ。楽しむことは基本的人権だよ。解決案を出す義務なんてどこにもない。一人でむきになって叫んだところで、どうにもならないさ」上役はまるで他人事のように話す。
「真面目に叫べば、人からやぼだと思われますもんね…」私はため息をついた。
パギジア連合艦隊の到着まで残り12日。世界中が彼らの動向を注視していた。ガボア司令官の半生をドラマ化する計画まで海外のテレビ局で決まるほど、どこもかしこもパギジア贔屓の報道ばかりだった。
我が国の政府はついに同盟国へ直訴するための特使を派遣した。
到着まで残り7日。Y国政府機関を訪れた特使は支援を求めたが、冷淡な返答を受けた。
「良い知恵をお貸ししましょう。私の国とパギジア国の中立条約によって、駐屯地は安全です。そこに避難なさい」
「いっそのこと、我が国の駐屯地にしませんか?戦争に巻き込まれずに済みますよ」
そう突き放され、今まで渡した武器で戦えと言い渡された。
到着まで残り3日。しかし、総理は未だに「検討します」とのんびり構えていた。
ついに到着まで残り1日となった。
遥か彼方に広がる艦隊の影。しかし、その多くは中継用に世界中のテレビ局がチャーターした中継用の船で、実際のパギジア連合艦隊はわずか2隻だった。
上役は独自の情報網を駆使して上陸予定の場所をつかみ、勝ち誇ったように叫んだ。「独占中継だ!」
上役は笑いながらそう言った。
ドラマの結末
パギジア連合艦隊がついに到着した。上陸地点では無数のカメラが待ち構えていた。歓迎ムードを漂わせる中、ガボア司令官が現れた。
しかし彼女は冷然と宣言した。「まずは終戦締結が先だ。賠償金として1億ドルを要求する」
その場にいたスポンサーの社長は即座に「支払う」と言い放った。テレビ局内では、花束が用意され、ガボアに贈呈された。
「金で片がつくなら安いもんだな」上役は鼻で笑った。「金銭こそ最強の武器ってことか」
「ドンパチやるよりはましだろう」
ガボア特番で1億ドル以上稼ぐと意気込む上役に、私は疲れたようにため息をついた。「誰かが何とかしてくれると思っていた。始めから結末がわかっていたような気分だ…」
少し休暇を求める私。「またアイデア出しの苦労が始まるんでしょうね」
すると上役の携帯が鳴り響いた。今度はバンヤ共和国が我が同盟国と中立条約を結び、我が国に宣戦布告したという。
「今度はセスナ機1機で来るらしいぞ」
私は嫌な予感に襲われ、無言のまま上役と視線を交わした。
感想とまとめ
シュール系の話です。星新一氏の原作をドラマ化したものです。
全体的にブラックユーモアで、書かれた当時の世相を反映しています。それが今の時代も全く変わらないところがすごいです。なので、昔に書かれた話でも新鮮に感じる人も多いと思います。
日和見主義の政府、無責任なテレビ局、拝金主義のスポンサー企業、平和ボケした国民、それらを全て皮肉っています。誰もが責任を取りたくなく、戦うぐらいなら金で解決しようとします。
その結果、新たな国がまた宣戦布告してきました。単騎で向かっても大金を得れるなら、どの国も宣戦布告してきそうです。そしてまたわが国は金を支払うのだろうと思わせる話でした。
【世にも奇妙な物語’24冬の特別編】の総評
今回はシュール系3話、ホラー系1話の構成でした。
1話目の『フリー』はホラー系の話で、所々脅かしてくるので余計に怖いです。終わり方もバッドエンドですし、1話目から飛ばしてきます。
2話目の『第1回田中家父親オーディション』はシュール系の話で、理想の父親を求めてオーディションをします。昨今のオーディション番組を皮肉った感じもある話でした。
3話目の『City Lives』もシュール系の話で、街がぐにゃぐにゃ動いたりする映像が違和感なくすごいです。ただ、話的には街から出れずに終わるほうが、この番組っぽくていいと思いました。
4話目の『ああ祖国よ』もシュール系の話です。日本という国の良いところも悪いところも、皮肉をこめて描かれた話で、この話だけ原作つきとなります。
個人的に面白かったのは『フリー』です。やっぱりホラー系の話で盛り上がるのが楽しいです。また『ああ祖国よ』は圧倒的に話の格の違いを見せ付けられました。やはり星新一氏は偉大です。