第1話「フリー」のネタバレ
恐怖の始まり
篠崎リカ(清野菜名)は静まり返ったオフィスに一人残り、深夜の仕事に取りかかっていた。広告用の画像素材を探すため、彼女はパソコンの検索窓に「フリー素材 おじさん」と入力し、適切な人物を見つけ出そうとしていた。スクロールするうちに「たたずむ男」と名付けられた画像に目が止まった。少し物憂げな雰囲気を漂わせたその男(福津健創)は、妙に記憶に残る表情をしていた。しかし、次の瞬間、その画像は検索結果から忽然と姿を消していた。
スマホに「新しい素材が追加されました」という通知音が鳴り響く。何気なく視線を落としたその時、プリンターが突然作動し始め、何かが印刷される音が響いた。
ドアの軋む音が静寂を破った。振り返っても誰もいない。しかし、ドアは開いたままだった。不審に思いながらもリカはドアを閉めに向かったが、ふいにその場に男が立っていた。
「何なんですか!」驚いたリカは思わず声を荒げた。男は無言のまま、じっと彼女を見つめている。振り返ると、プリンターからは男の顔が印刷され続けていた。リカは恐怖に駆られ、足元が崩れるように倒れ込んだ。
机の影に身を隠し、「来ないでください!」と叫ぶリカ。その瞬間、背後から「何やってんだ?」と声がかかった。
そこには上司の水野航輝(細田善彦)が立っていた。震える声でさっきの出来事を話すリカに、航輝は呆れた表情を浮かべる。「働きすぎだろ」と呟きながら、プリンターの出力物を見た。
「これ……お前が作ったCMに出てたおじさんだよな?」と航輝は指摘した。
リカは思い出した。あのCM制作の際、急な出演キャンセルが発生し、やむを得ずフリー素材のおじさんを使ったのだ。
「利用規約、ちゃんと確認したか?」と航輝。
リカは確認していなかったが、そもそもそのサイトには利用規約すら見当たらなかった。困惑するリカに、航輝は「勝手に使われて怒って抗議に来たんじゃないか?」と冗談めかして言った。
しかし、問い合わせフォームもなく、その男がどこの誰なのかも分からないままだった。「CM取り下げになったら大問題だぞ。ただより高いものはないって言うしな」航輝の忠告に、リカは思わず深いため息をついた。
「とりあえず、今日は帰ろう」
帰り道、航輝は静かに問いかけた。「どうして確認しなかったんだ?」
リカは口を噤んだ後、ぽつりと漏らした。「クライアントから無茶な要求をされて、脅されてたの」
その時、スマホに再び「新しい素材が追加されました」という通知が届いた。恐る恐る画面を見ると、「掃除する男」として、あのおじさんの新しいフリー素材が登録されていた。
航輝は深刻な表情で、リカのことを心配そうに見つめた。
おじさんの正体
リカは部屋に戻り、スマホでおじさんの新しい素材更新を見ながらぼやいた。「いいじゃん、減るもんじゃないし、ただで使わせてくれたって」
すると突然、部屋の電気が消えた。暗闇の中、なぜか窓が開いていることに気づき、リカは慌てて閉めてカギをかけた。
まさかと思いながらカーテンをそっと開けると、そこにおじさんが立っていた。
リカは悲鳴をあげる間もなく気を失い、朝を迎えた。目を覚ますと、部屋には異様な静けさが漂っていた。ふと目をやると、ビールの缶が妙に開いている。まるで昨夜の出来事が悪い夢のようだった。
その時、航輝から電話がかかってきた。「おっさんの素性がわかったぞ」
おじさんの名前は「ウラベミチオ」、年齢は50歳。フリーランスの元システムエンジニアだった。
「でも、過去に事件を起こしてたらしい」航輝の声が重くなる。「ウラベは立場の弱い下請けで、あるとき仕事を切られたことに逆恨みし、委託元のXYシステムズという企業を襲撃しようとしたんだ。だが警備員に止められて襲撃は失敗した」
リカは息を呑んだ。「それで……?」
「ウラベはその場から逃走して、そのまま行方不明になったらしい」
失踪していた人物がなぜフリー素材になっているのか、リカの頭には疑問が渦巻いた。すぐにネットのニュースを検索すると、確かにウラベの事件は記事になっていた。
迫り来る恐怖
その夜、リカはエレベーターに乗り込んだが、途中の階で何度も止まった。しかし、誰もいない。閉じるボタンを押してもドアは閉まらず、不安が募る。
次の瞬間、気づくとうらべがエレベーター内に立っていた。無言のまま手を伸ばす彼を見て、リカは緊張のあまり息を呑む。早く目的の階に着いてくれと祈るばかりだった。
エレベーターがようやく到着すると、リカは急いで飛び出し、待っていた人に助けを求めたが、「誰もいませんけど」と言われてしまう。逆にリカが奇妙な人物だと思われる始末だった。
慌ててその場を離れようとするリカだったが、出た先の角に再びウラベが立っていた。
「何がしたいの? 何で私につきまとうの?」リカが叫ぶと、ウラベは追いかけてきた。リカは恐怖に駆られ、必死に逃げた。
その後、スマホに「新しい素材が追加されました」という通知が届いた。それは「リカの部屋のベッドに腰掛けるおじさん」だった。
恐る恐る動画を再生すると、ウラベが何か喋っていた。
リカは航輝に連絡しようとしたが、考え直して青梅市にあるウラベの家へ向かう決意をする。ネットニュースを書いた記者から、ウラベミチオの自宅の住所を教えてもらっていた。
「住んでいた家は今も手つかずで残っている」という言葉を胸に、リカはその場所を目指した。
ただのフリー素材ではない。無料と引き換えに何かを差し出すような“利用条件”があるのかもしれない。リカはウラベの素材に隠された謎を解き明かすため、何かを訴えかけられているような気がしてならなかった。
航輝もすぐに現場に向かうと言って電話を切った。
恐怖の根源
リカはウラベの自宅の中に入った。そこはフリー素材に掲載されていたままの家だった。荒れた室内には時が止まったかのような静けさが漂っている。
目に留まったのは埃をかぶった銀行の通帳。中を見ると残高はわずか53円だった。
その時、急に物音がしてリカは息を呑んだ。襖の隙間からウラベが覗いているのが見えた。しかし、襖を開けても誰もいなかった。
机の上にあったUSBメモリをPCに差し込むと、ウラベの動画ファイルが現れた。
一つ目の動画を再生する。「6月12日。昨日も眠れず吐き気が止まらない。最後に人と話したのは、何日前だろう……」
次の動画を再生。「7月17日。XYシステムズから新規の依頼が来た。前回も前々回の委託料もまだ支払われていないのに……。彼らは私に正当な対価を払うつもりがあるのだろうか」
別の動画では、酒を飲みながらぼやくウラベが映っていた。「私みたいな高齢で経済力のない男には、どうせ市場価値もないんだ……。このまま一人で死んでいくのか? 怖い、たまらなく怖い」
その中でウラベが丸めて投げ捨てたチラシを拾い上げると、そこには「あなたは一人じゃない」と書かれていた。それはリカが作った結婚相談所の広告だった。
続く動画では、電話で怒りを爆発させるウラベが映っていた。「コロナを言い訳にしないでくれ! 正当な対価を払ってくれって言ってるだけじゃないか!」
リカは自分の置かれている状況と重なり、胸が締め付けられた。
最後に「笑う」というタイトルの動画を再生した。ウラベは笑い出すが、すぐに真顔になる。「未払いの件を訴えに行っただけなのに、暴行犯扱いだ。誰も私の話を聞こうとしない。誰も私を見ようとしない。私には何の価値もないからだ……。私の価値はタダ、タダ……」
突然、うらべはロープを手にどこかへ消えていった。
解決策
その時、リカのスマホに「新しい素材が追加されました」というメッセージが届いた。
メッセージを押した瞬間、ウラベの怒鳴り声が響いた。「私はタダじゃない!」
驚いたリカは思わず飛び退いた。振り返ると、そこにはロープを持ったウラベが静かに立っていた。
「すみませんでした、勝手に素材を使って……タダじゃないです! あなたの価値はタダなんかじゃないです!」リカは必死に叫んだ。
しかし、ウラベは無言のまま近づいてくる。
咄嗟にリカはあの広告のコピーを思い出し、震える声で言った。「あなたは一人なんかじゃありません!」
ウラベはリカに顔を近づけ、何かを訴えかけるような視線を送った。
その時、航輝が現れ、リカを引っ張り出して助け出した。
外に出たリカは息を整えながら航輝に語った。「逆だったんです。逆恨みなんかじゃありません。XYシステムズは委託料を一円も支払わず、ずっとタダ働きさせて、ウラベミチオを使い捨てにしたんです」
リカの目には決意が宿っていた。「私、わかった気がします。何をすればいいのか」
ドラマの結末
リカと航輝は「XYシステムズ5000万円以上に未払発覚」という見出しのネット記事を見ながら話していた。
「XYシステムズはウラベ以外にも散々下請けいじめをしていたみたいだな」と航輝が呟いた。
「これで少しは晴れましたかね、ウラベミチオの恨み」リカは静かに言った。
「あれから一回も現れてない。やっと許してもらえたみたいです」
航輝は考え深げに言った。「不正を告発したから許されたんじゃなくて、ウラベからしてみたら、篠崎はたった一人、自分の人生をちゃんと見てくれた理解者なわけだろ。ちゃんと伝わったんじゃないか、『あなたは一人じゃない』って」
「そうですかね」リカはほほ笑んだ。
航輝は視線を落とし、照れくさそうに言った。「今回の件で、独り身卒業しようって改めて思った」
リカが「いい人探さないとですね」と返すと、航輝は少し緊張した面持ちで言った。「実はさ、ずっと前から…、篠崎、俺さ……」
しかし、リカは打ち合わせの時間が迫っていたため慌てて立ち去った。
その後、一人になり、微笑んでいたリカの背後から誰かが腕を回して抱き寄せた。
振り返ると、そこにいたのは航輝ではなく、ウラベだった。
丸二日連絡がつかないため、航輝は警察に行く決意を固めた。
その頃、リカの事務所では別のスタッフたちが打ち合わせをしていた。「フリー素材の中からイメージに近いものはあるか」と話し合いながら、選んだ一枚を画面に映し出す。
そこには楽しそうなウラベと、嫌そうな顔をしたリカが居間でお茶を飲んでいる場面が映っていた。
「あれ、この人?」とつぶやいたスタッフは、すぐに気にしない様子で次の素材を探し始めた。
感想とまとめ
ホラーな話です。脅かす場面も多いので、怖いのが苦手な人は注意が必要です。
恐らくウラベはリカの作った結婚相談所のチラシを見て入会するが、結局誰にも相手にされなかったというところから、始まっている気がします。そしてXYシステムズに使い捨てられ、自分の価値がタダだということに憤ります。
ロープを手にして姿を消すので、ウラベ自体は既に首を吊って死亡していて、怨霊として現れたのではないか?とも考えられます。
そしてリカの「あなたは一人じゃない!」という呼びかけに応じ、リカをさらっていったのだと思います。リカのようにフリー素材で場当たり的に仕事をしたり、ウラベから逃げるために適当な受け答えをしていると、最後は取り返しのつかないことになると、思わせる話でした。