【テミスの不確かな法廷】第5話ネタバレ解説|書証主義と人証主義、“正しさ”が人を追い詰めるとき

連続ドラマ
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【テミスの不確かな法廷】第5話「書証主義と人証主義」は、強制立ち退き執行中の刺傷事件をきっかけに、書類に基づく判断と人の証言重視という司法哲学の対立が描かれた回でした。

書類を重視する裁きと、人の言葉を聞こうとする裁き。
どちらも「正しい」はずなのに、その選択ひとつで、救われる命と、切り捨てられる命が生まれてしまう。

本話で描かれるのは、“ルール通りに裁いた結果、誰も悪くないのに、誰かが壊れていく”という司法の現実です。

※本記事は『テミスの不確かな法廷』第5話のネタバレを含みます。
未視聴の方はご注意ください。

※本話は第4話までの流れを前提に進みます。
事故裁判の経緯と門倉の決断については
【第4話ネタバレ解説|判決は出ないが、それでも裁判は前に進んだ
で整理しています。

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結論|第5話は「正しい裁き」が人を追い詰める回だった

第5話の結論を一言でまとめるなら、

書類に忠実であることは、必ずしも人を救う裁きにはならない

という事実が、はっきりと描かれた回でした。

落合が選んだのは、

  • 効率
  • 優先順位
  • 形式的な正しさ

それ自体は裁判官として、何一つ間違っていません。

しかしその結果、強制立ち退き命令は“正当な手続き”として実行され、そこから派生した暴力と悲劇は、誰の責任にもできない形で起きてしまいます。

この回は、「誰も間違っていないのに、誰も救われない裁判」を描いた物語でした。

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登場人物(第5話)

レギュラー

  • 安堂清春(松山ケンイチ):人証主義を重視する裁判官
  • 落合知佳(恒松祐里):書証主義・効率重視の裁判官
  • 門倉茂(遠藤憲一):両者を見守る立場の裁判官
  • 小野崎乃亜(鳴海唯):弁護士
  • 津村綾乃(市川実日子):執行官
  • 八雲恭子(山田真歩)/荻原朝陽(葉山奨之):書記官
  • 古川真司(山崎樹範):検察官

ゲスト

  • グエン・バン・ホン(ジュリウス):傷害事件の被告人
  • 来生春(石田莉子):身元不明の少女
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今回の事件の整理

  • 起きたこと:強制立ち退き執行中、執行官・津村が刺される
  • 被告:グエン・バン・ホン
  • 被害者:津村
  • 争点
    • 少女とグエンの関係は何なのか
    • グエンは「加害者」なのか、それとも守るために罪を犯したのか
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第5話の争点|書証主義と人証主義の衝突

書証主義とは何か

  • 提出された書類・記録を重視
  • 手続きと効率を優先
  • 裁判官個人の感情を排除する裁き

落合が立つのは、明確にこの立場です。

人証主義とは何か

  • 被告人・関係者の言葉を聞く
  • 背景や事情を掘り下げる
  • 書類に現れない「真実」を拾おうとする裁き

安堂が選び続けているのはこちらです。

この回で起きたこと

問題は、書証主義が間違っていたからではないという点にあります。

落合は、制度の中で「正しい判断」を積み重ねました。
しかし、その“正しさ”は、

  • 戸籍のない子ども
  • 声を上げられない外国人
  • 書類に残らない暴力

を、制度の外に追い出してしまいました。

本話で描かれる「書証主義と人証主義」の対立は、第3話で安堂が抱えた葛藤とも地続きのテーマです。
【第3話ネタバレ解説】|“隠すこと”が裁きを歪め始める

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法廷メモ(主張の整理)

検察側

  • 津村を刺した事実は明確
  • 傷害罪が成立

弁護側

  • 少女を守るための突発的行動
  • 計画性はなく、情状酌量の余地あり

裁判の核心

  • グエンは「犯罪者」なのか
  • それとも「誰かを守ろうとした結果、罪を犯した人」なのか
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時系列(ネタバレあり)

① 再審請求と「因縁」の再提示

冒頭、前橋一家殺人事件の再審請求が語られ、「書類で裁かれた過去」と「今」が静かにつながる。

② 書証主義と人証主義の明確な対立

安堂の裁きは「遅い」と切り捨てられ、落合は簡易裁判を引き継ぎ、効率を優先する。

この時点で、悲劇の歯車は回り始めていた。

③ 矯正立ち退きと刺傷事件

虚偽申立ての可能性があるにもかかわらず、書類上は問題がないため、立ち退きは執行される。

少女の存在。包丁。刺される津村。

すべては「正しい手続き」の延長線上だった。

④ 少女・春の正体

  • 戸籍なし
  • 学校未就学
  • 家庭内虐待
  • 母の死亡

彼女は、制度のどこにも「存在しない子ども」だった。

⑤ 証言によって明かされる真実

法廷で語られる春の言葉。

  • 家は檻だった
  • 逃げたかった
  • 母を突き飛ばし、死なせてしまった

書類では決して辿り着けなかった真実が、人証によって初めて立ち上がる。

⑥ 判決と救われなさ

グエンは実刑判決を受け、強制送還が決まる。

情状酌量があっても、法律の枠は超えられない

救われたのは、「真実が語られたこと」だけだった。

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コラム|書証主義と人証主義――落合が選び、揺らぎ、踏み出した一歩

第5話の裁判を貫いていたのは、「誰が悪いのか」ではなく、「何を信じて裁くのか」という問いでした。

裁判官・落合が体現していたのは、徹底した書証主義です。
書類、記録、提出された事実。
そこに個人的な感情や、推測の入り込む余地はありません。

効率的で、平等で、ミスが起きにくい。
とりわけ簡易裁判のように大量の案件を処理する現場では、書証主義は「正しい裁き」の最適解でもあります。

だから落合は間違っていません。
少なくとも、制度の内側に立つ裁判官としては。

しかし第5話は、その「正しさ」が人を追い詰める瞬間を、静かに描いていきました。

書証主義が切り捨てるもの

強制立ち退き命令は、手続き上は何一つ問題はありません。
大家の申立書、裁判所からの呼び出し、不在。
書類だけを見れば、執行されるのは当然の流れでした。

ですが、そこには書類に載らない現実がありました。

  • 虚偽に近い申し立て
  • 戸籍のない少女の存在
  • 逃げ場を失った外国人労働者

それらはすべて、「証拠として提出されていない」という理由で、裁判の外に置かれていました。

落合が出した命令は正しい。
しかし、その正しさは、「声を上げられない人間が存在しないことにされる正しさ」でもありました。

人証主義が見ようとするもの

一方で安堂が固執する人証主義は、非効率で、危ういです。

人の言葉は曖昧で、感情に左右され、嘘も混じります。
裁判官が深入りすれば、主観が入り込み、判断が遅れてしまいます。

それでも安堂は、「双方の話を聞かなければ判断できない」と言い続けました。

なぜなら、人証主義が拾おうとするのは、事件そのものではなく、事件が起きるまでの人生だからです。

春の証言によって初めて見えてきたのは、「誰が罪を犯したか」ではなく、「なぜ、そこまで追い詰められたのか」という問いでした。

落合の変化は、主義の転向ではない

重要なのは、第5話で落合が「書証主義を捨てた裁判官」になったわけではないという点です。

彼女は感情論に流されたわけでも、安堂のやり方を全面的に肯定したわけでもない。

それでも落合は、

  • 所在尋問を提案し
  • 少女に語りかけ
  • 「責任の一端は自分にある」と認めた

これは主義の転向ではなく、書証主義の限界を、自分の裁きとして引き受けた瞬間でした。

落合は初めて、「正しく裁いた結果、起きてしまったこと」から目を逸らしませんでした。

「正しさ」だけでは救えない現実

第5話が突きつけるのは、書証主義か人証主義か、どちらが正しいかという二択ではありません。

どちらも正しいです。
しかし、どちらか一方だけでは、必ず取りこぼしが生まれてしまいます。

書証主義は社会を回すために必要で、人証主義は人を救うために必要です

落合は、その矛盾を「知ってしまった裁判官」になりました。

そしてそれは、このドラマにおける最大の成長であり、同時に、これから最も苦しい立場に立つ人物になったことも意味しています。

このコラムが示す第5話の核心

第5話は、「どんな判決が出たか」を語る回ではありません。

裁判官が、何を見ようとするかによって、 世界の輪郭が変わってしまうという事実を描いた回でした。

書証主義と人証主義の対立は、正義と悪の対立ではありません。

それは、制度としての司法と、人間としての司法が、 どこで折り合いをつけるのかという、終わらない問いなのです。

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刺さったセリフ

「事件に大きいも小さいもないんだよ」

この言葉が出たのは、簡易裁判で人証を重視する安堂に対し、落合が効率や優先順位を理由に距離を取ろうとした場面です。そこで口を挟んだのが、門倉でした。

制度上は「小さな事件」に分類される案件でも、当事者にとっては人生そのものです。
門倉は、事件の重さを裁判所の都合で測ることの危うさを知っています。

この一言は、安堂をかばうためではなく、合理性が誰かの人生を切り捨ててしまう可能性への、先輩裁判官としての警告でした。

「重い荷物は誰かに持ってもらう。困難は分割して下さい。『助けて』と声を上げてください」

この言葉は、児童相談所で行われた所在尋問の場面で、落合が春に向けて語ったものです。

落合は同情を示したわけではありません。
強制立ち退き命令が手続き上は正しかったことも否定していません。

それでも、その判断が春を追い詰めた現実から目を逸らさず、「責任の一端は自分にある」と認めたうえで、助けを求めるという選択肢を示しました。

これは人証主義への転向ではなく、書証主義の限界を知った裁判官が踏み出した一歩です。

「死ぬのはいつでもできますから。生きることを…諦めないでください」

このセリフは、判決後、児童相談所で春と別れる場面で、落合がペンダント(ラムネ)を渡しながら語った言葉です。

裁判官の役割は判決までであり、本来、希望を与えることは職務の範囲外です。
それでも落合は、救いきれなかった現実を前に、この言葉を選びました。

ここには、正しい裁きをしても守れなかった悔しさと、それでも何か一つだけ渡したいという思いが込められています。

この瞬間、落合は裁判官としてではなく、一人の大人として春に向き合ったのでした。

これらのセリフは、第4話で門倉が示した「法廷は真実を語る場だ」という姿勢を、別の角度から引き継いだ言葉でもあります。
【第4話ネタバレ解説】

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伏線・違和感リスト

  • 前橋一家殺人事件の再審請求
  • 再審を阻んできた「書類の壁」
  • 安堂が感じ続ける“既視感”

→ 第5話は、今後描かれる冤罪テーマへの明確な助走。

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まとめ|第5話は「裁判官の資質」を別の角度から突きつけた

第5話は、派手な逆転も、痛快な論破もありません。

あるのは、正しい裁きが、人を追い詰める瞬間

書証主義も、人証主義も、どちらも間違っていません。
それでも、どちらを選ぶかで、救われる人は変わってしまいます。

この回は、安堂がなぜ「遅くても、人の声を聞こうとする裁判官」であり続けるのかを、言葉ではなく、悲劇そのもので証明した回だったと思います。

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